死の先に待っていた新たな世界
第7話


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 春になった。
 俺は、何とか杖を使えば自分の足で歩けるようになるまで回復した。
 杖が無くても一応、歩けるがほぼ回復した右足に対して、左足がややぎこちない。
 生死を彷徨っていたことを考えるなら、これくらいはなんてことは無かった。
 リハビリを続ければ左足も治るだろうし。
 今、俺はルイズと共に屋敷の庭を散歩している。
 リハビリ代わりだ。
「ルイズ、少し早いよ」
「あ、ごめんなさい」
 目の前に広がる花畑。それを見たかったのだろう。
 ルイズが俺を引く手が強くなっていた。
「あの花かな?」
「ええ。とても綺麗だからつい見たくて」
 あの一件があってから、ルイズは少し大人びた気がした。
 余裕が生まれたのだろうか?
 今、俺に向けた笑顔も十二歳になった女の子よりも、人生に何かを感じた人間の笑顔に近い。
「アレス。わたし、将来は秘薬で多くの人を救いたいと思うの」
「立派でいいことだよ」
 俺はそう言って微笑む。
 系統魔法の使えないルイズに、それがどれ程難しいか分かっている。
 錬金が出来れば、物質の変換も容易だ。
 それによる調合作業をスムーズに行えるからだ。
 錬金が出来ないルイズには、唯一ハルケギニアで進展のある化学反応を用いた秘薬作りを行うということである。
 ルイズが自分で見つけた道を、俺は応援したい。
「大変なのは、わたしも分かってるの。でも、目の前で大切な人が苦しんでるのに何も出来ないのは嫌」
 出来る事はやっておきたい。
 大切な人がいるなら必ず思うことだ。
「ルイズ、君は本当に凄い子だよ」
「そんな、わたしは何も出来ないわ。魔法だって、アレスがいなかったら未だにコモンスペルすら出来なかったのよ。みんな、アレスに支えられてたから」
「でも、そんな君は今、自分の力で秘薬の勉強に取り組んでるじゃないか。これは素晴らしいことだ」
 そう。誰に言われたからじゃない。
 彼女は必死に考えて、自らの意志で道を開いたんだ。
 きっかけは俺であったとしても、自らが動くというのは大人でさえ難しいものだ。
「アレス」
「なんだい?」
「足の具合はどう?」
「相変わらずだよ。でも、少しずつ良くなってる」
 左足は、ぎこちなくも動くのだ。
 少しずつ、時間を掛けて治せばいい。
「もし、それ以上良くならないなら、わたしがきっと治して見せるわ」
「ルイズ……」
 なんていじらしい子なのだろう。
 この子の強い意思を感じる。
 前世の俺が十二歳の時はどうだったろうか?
 こんなに立派ではなかったな。
「アレス。きっと、わたし強くなるからね」
 彼女の笑顔は決意とも取れる笑顔だった。
 数日が過ぎたある日。
 俺は父さんに連れられて王宮へと来ていた。
 ヴァリエール公爵も一緒である。
 王宮へ来た理由は、アルビオンの情勢についてだった。
 報告書はすでに父さん達が処理して、王宮へ送られている。
 その報告書の内容から、実際にアルビオンへ行った俺に意見を聞こうというのだ。
 俺は十五歳になったとは言えまだまだ若過ぎるくらいだ。十五歳の俺がそこまで重要な件に俺が意見することになるとは思わなかった。
 王宮に着くと、応接間に通されて俺とヴァリエール公爵、父さんで備え付けのソファに座った。
「アレスよ。お前の率直な意見を聞きたいと、マザリーニ枢機卿は言っておる。無礼にならない範囲で自由に意見を述べるがいい」
 ヴァリエール公爵が言うと、父さんも頷いていった。
「おそらく、今一番アルビオンについて知っているのは、アレスお前とあの二人だけだ」
「わかりました。私の思うままに話をしたいと思います」
 そういうと、俺達は会話がなくなった。
 一応、国のトップと会うのだ。
 いくら慣れている二人でも、やはり子供を伴ってくるとなれば少しは緊張するらしい。
 少し、待ってから部屋の扉が開けられた。
 入ってきたのは、マザリーニ枢機卿、マリアンヌ皇后だった。
 王家とそれを支える人間のみ。
 これはアルビオンへの潜入をしたということを知っているのが、このマザリーニ枢機卿とマリアンヌ皇后の二人のみだからだ。
 俺達は一度立ち上がると、あいさつのために礼を示す。
 マザリーニ枢機卿、マリアンヌ皇后が手を上げてそれを応えると、俺達は向かい合った形で座った。
「それで、君がアレス君でいいのかね?」
 マザリーニ枢機卿が俺を見て言う。
 俺は頷くと、自己紹介をした。
「アレス・ジルバス・ド・ヴァルガードです。以後、お見知りおきを」
「ふむ。なかなか礼節に富んだ若者だな。ヴァルガード侯爵、なかなか良き教育を施しているようだね」
「いえ、倅が勝手に育ったまでです」
 父さんがそういうと、マザリーニ枢機卿が笑いながら言った。
「謙遜するでない。お主の育て方もあるからこそではないのかね? アレス君、君はどうかな?」
「父と母のおかげだと、存じております」
 今度こそ、マザリーニ枢機卿は大きく笑った。
 良く出来た子供だと。
「わたしの娘のあなたくらい、堂々としていたら頼もしいのですが」
 そういったのはマリアンヌ皇后だった。
 最近、公務へ連れて行くことが多くなった娘、アンリエッタ王女がまだ子供と言うこともあるせいか駄々をこねて仕方がないと話す。
「アンリエッタ王女はこれからではありませぬか、皇后陛下」
 ヴァリエール公爵が、フォローを入れるが小さいため息と共に、マリアンヌが言う。
「アレスは何でも十歳の時から、アカデミーの人間と意見交換が出来たとか。それだけでも驚くべきことかとお思いますわ」
「倅は少々好奇心が旺盛なもので、研究熱心なのです」
「それだけでも、羨ましいもの」
「確かに、羨ましい限りですな。さて、話の本題に入りたいのですが、よろしいですかな?」
 マザリーニ枢機卿が、全員を見る。
 どうも子供の話で盛り上がったようだが、雰囲気がそれで変わった。
 それを感じ取ったマザリーニ枢機卿が改めて俺を見て言う。
「アレス君。君はアルビオンの情勢についてどう思うかな?」
「はい、まず報告書は読まれていると思いますので、その内容については省きます」
 俺が一度全員を見て、言葉を続ける。
「これはご存知かも知れませんが、私はアルビオンにて殺されかけました。これはその時の傷です」
 そう言って左手を差し出した。
 手首から先が、ない。
 これにマリアンヌは小さい悲鳴を上げて、マザリーニ枢機卿は身を乗り出すように俺の左手を見る。
 殺されかけたというのは事前に聞いていたと思う。
 しかし、十五歳の子供がこのような仕打ちを受けたということに、改めて信じられないと思ったのだろう。
「これは、アルビオンの共和制推進組織パブリック・ユニオンと思われる人間の一人に負わされた傷です。そして、その者はこう口にして私を殺そうとしました」
―来たる、ハルケギニア統一の時に邪魔になると。
「な、んと? ハルケギニア統一とな?」
「そんな、馬鹿げたことを彼は言ったのですね?」
 俺は二人の言葉に頷いた。
 そして、続ける。
「その者は偏在で、四人に自身を分けることが出来るほどの使い手。いかに下級貴族と言えど、あれほどの強者がいるとなればアルビオンも苦戦を強いられます」
「確かにそうだな。しかし、ハルケギニア統一とは。続けなさい」
「はい。また、聖地奪還組織レコン・キスタに関しては、その統一を叫んでいました。
 つまり、彼らは共に道を歩む準備が出来ています。
 今は共に弱小な組織ですが、この先はどうなるかわかりません。
 私が殺されかけたところからしても、平和的な交渉をするような連中にも思えませんでした」
「報告書にはそこまでは無かったが、殺されかけて数ヶ月も意識が戻らなかったことを考えれば納得も行くな」
 実際に意識が戻らず、そういった危険性を訴える時間も無かったのは事実だ。
 今思っても、子供さえ殺そうとする組織。正直怖いものを感じる。
「ここからが、私が一番言いたいことですが、アルビオンへの援軍が必要になると私は感じております」
「うむ。それは私も感じていたところだ。このまま奴等を放置するにしても、アルビオンが傾きかける、もしくは滅んでしまったら次は我々が標的だ」
 ヴァリエール公爵が俺を見ていった。
 俺もそれに頷くと、こう続ける。
「もっと言うと、この戦は下手をすればハルケギニア全体の問題になりかねません。
 少なくとも革命がアルビオンで成功すれば、トリスティンをはじめ各国でも反乱を良しとする貴族が出てもおかしくないでしょう」
 これは現ロシア、旧ソビエト連邦を見てもそうだ。
 他の国が独立を訴えて、それを許せば他の場所も同じく独立を訴える。
 国に不満を持つ人間は少なからずいるのだ。
 アルビオンでの革命が、飛び火する可能性もある。
 前世の記憶が無ければこんな考えにならなかっただろうな。
「また、アルビオンが負けるとなれば、空軍の戦力は彼らの手に落ちるというのも同義です。
 空を制するものは戦を制するに等しいでしょう。
 私の不安が杞憂で終わればいいですが、もしそうなれば後手に回ることになります。
 アルビオンへの援軍の準備、もしくは迎え撃つための軍備を整える必要があると私は思っています」
 そこで、俺の意見は終わる。
 全員、感心したように俺を見ていた。
 それを代表するように、マザリーニ枢機卿が口を開いた。
「なるほど、的を射た意見だ。そのことを踏まえて今後、トリスティンはどうするべきか考えることにしよう。アレス君、ご苦労だったね」
「いえ、ありがとうございます」
 こうして、俺はアルビオンで感じたことを全て話したのだった。
 この意見が、今後歴史に大きく関与することになると考えもせずに。
 その後、俺はヴァルガード家の私軍において将軍の地位を与えられた。
 ヴァルガード家の私軍は常備兵が五百。志願兵を集って最大で一万五千の兵力を誇る。
 俺は父さんから指揮官を命じれられて、来る戦いに向けて軍備を整えることになった。
 どうも、前世といい今といい、厄介なものを背負うことが多いと感じざるを得なかった。
 時は過ぎて三年の月日が経った。
 俺はこの三年間で徴兵し私軍を強固にしていた。
 まず、常備兵力を五千まで拡大。
 メイジの数は変わらないが、歩兵の数を増やした。
 あとは兵の質の向上も欠かさなかった。
 メイジには自分の開発した魔法を伝授することで一人当たりの兵力を増強した。
 これにより、防御と攻撃は格段に上がったのだ。
 ドットのメイジでも、シールドを用いた防御魔法が使えるため、フレイムボール辺りまでは防げる。
 ライト・ブリッドは高速に打ち出す、誘導性を持たせるなどでドットメイジでもライン以上のメイジと戦うことが出来るようになっていた。
 またライト・ブリッド以外にも攻撃魔法を用意した。
 ライト・ブラスト。
 魔力を一点に集中させて打ち放つ魔法だ。
 レーザーみたいなものだと思ってくれればいい。
 込める魔力を大きくすることで、数十メートルの大岩を砕くことくらいは出来る。
 俺が試しに限界まで魔力をこめた時は、岩山を崩す威力に仕上がっていた。あれはレーザー砲のレベルだ。
 また、魔法の使えない平民の兵に関しても武器の改良を施した。
 三国志を参考に、連射式の弓を開発した。
 どうやって矢を放っていたかは知っていたものの構造は知らないため、一から練ることになった。
 結果、矢の詰まったマガジンを交換する連式弓を開発できた。
 矢はマガジン一つで二十本。連射速度は秒間二発。射程は百メートルくらいだ。
 後は手榴弾のような手投げ弾だ。
 こんな時代でも歩兵の武器は少しでも強力な方がいい。
 手榴弾の構造は火薬を込めた筒を二段にして作成した。
 一段目は燃焼用だ。通常は密閉しているが穴を空けることで中の火薬が燃える。
 二段目はその一段目の火が、時間にして五秒くらいで引火するような構造にして、爆発させる。
 威力は、小屋くらいなら簡単に破壊できるレベルだった。
 最後は、篭手にショートソードを仕込む構造の篭手である。
 これはメイジじゃないもの同士が戦うのに有効なもので、防具としても使え、剣がなくなったらこれを使える。
 剣や槍に関しても、製鉄技術を用いて量産体勢を作るなどした。
 平民でも作れるため、メイジの負担もかなり減るのだ。
 これらの案はゲルマニアのようで野蛮な技術と一部のメイジから蔑まれたが、父さん達は理解を示してくれていた。
 だいたい戦争になるなら、勝つための準備が嫌でも必要になる。
 前世で、プロジェクト成功のために、常に情報を集め、必要な人材の確保、また開発環境を整えるということしていたからこそ仕事が回っていたのだ。
 それが戦争になっても考え方は変わるものじゃないのである。 
 全てが杞憂で終わればそれに越した事はない。
 それに製鉄技術は平民の工業、農業も発達するため、平和的なものにも繋がるのだ。
 ルイズは十五歳になっていた。
 背はそれ程伸びず、十五歳の割りには幼い感じも見受けられるが、ルイズは綺麗になった。
 桃色の髪は艶やかで、綺麗になっていた。
 驚くべきことに、以前ルイズは俺の足を治すと言っていたが、それを実現させていた。
 彼女が十三歳の時に作った秘薬で、俺の足は完治したのだ。
 これには俺の母さんも協力していたことなのだが、それでもこの功績は大きかった。
 俺以外にも戦で体が不自由な人間がいるが、その六割近い人間に効果を発揮したのである。
 このためトリスティン軍での復薬としても採用される事になった。
 秘薬の使い手として、ルイズの名前は、トリスティンで広く知られるようになっていた。
 この年、ルイズと俺はトリスティン魔法学院に入学した。
 俺とルイズが同学年なのには二つ理由があった。
 一つ。ルイズが俺と離れたくないということ。
 二つ。俺が将軍として軍備を整えていたため、学校に行く時期がずれたのだ。
 今は副官に任してある。
 有事の際は呼び戻されるが、基本は副官に任しておけば問題ない。
 だいたい、十九になったとは言えやはり若者の俺よりかは百戦錬磨の副官の方が皆、いう事を聞くのだ。
 ルイズは、秘薬の勉強を続けていて、魔法が使えないにも関わらず文献にある秘薬は材料さえあれば作れるようになっていた。
 本当なら、魔法学院よりアカデミーへ行った方がいいのではと思うが、ルイズは使えなくとも水の魔法をより詳しく学びたいと言っている。
 水のメイジと協力して、傷ついた人を救いたいといっていたのだ。
 入学してから、ルイズには二つ名が、二つ出来た。
 これはシャレではなく、事実である。
 好意的な人たちからは、秘薬の知識に詳しく功績のあるルイズを“癒し手”のルイズと。
 悪意ある人たちからは系統魔法が使えないため“ゼロ”のルイズだ。
 後者は明らかにこじつけ。コモンスペルが使えるのだ。ゼロはないと俺は思った。
 公爵家の娘として位が高いが、系統魔法が使えないからということで攻撃する材料を作ったのだ。
 しかしルイズ自身、俺が今まで一緒にいて辛いことも超えてきたこともあり、程度の低い人間の発言は無視していた。
「いいたい奴には言わせておくわ」
 と言うのだ。
 それに、ルイズは自分の系統が何か知っている。
 秘めたる力が大きいことも、またその扱い方が分からないと言う事もだ。
 そう言うこともあり、“ゼロ”と言われても彼女は無視をしている。
 
 その日、授業が全て終わると俺はいつものようにルイズに声を掛けた。
 最近は、授業が終わると一緒に図書室へ行ったり、俺の作ったコモンスペルを教えたりしていたのだ。
 だから、今日もどちらかになるかと思ったのだが。
「ごめんなさい。これからモンモランシーに秘薬のことを聞く事になってるの」
 ルイズは申し訳無さそうに言うのだ。
 モンモランシーは水のメイジで、秘薬に関しては学年でもトップクラスだ。
 入学してすぐにある部門別筆記試験で、秘薬部門はルイズと共にトップだった。
「そうなんだ。それなら仕方ないよ」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいからさ。それより、新しい友人が出来て良かったじゃないか」
 それに関して、俺は嬉しかった。
 昔は俺ばかりに頼っていた。一緒にいる時間は少なくなるが、こうして徐々に自分以外の人間に関わっていくのは嬉しい。
 少し寂しい気もするが、それは問題ない。
「ルイズ」
 そういうと俺の後ろから声がする。
 振り向くと、金髪縦ロールの美少女、ミス・モンモランシだ。
「ミスタ・ヴァルガード、ね。ルイズの婚約者の」
「ええ。ミス・モンモランシ。話すのは初めてですね」
「モンモランシーで、いいわ。ミスタ・ヴァルガード。硬いあいさつは無しにしましょ」
「わかった。僕もアレスでいいよ。よろしくね、モンモランシ」
「ええ、アレス」
 ルイズがすっと俺とモンモランシーの間に入る。
 ちらりと俺を見たとき、少し不機嫌そうな顔をしていた。
 たぶんわたし以外の女性とあまり仲良くしないでと言いたいのだろう。
「それじゃ、モンモランシー行きましょう」
「そうね。わたしの部屋でいいの?」
「いいわ」
「それじゃ、行きましょう。それじゃ、アレス。またね」
「ああ、また」
 ルイズとモンモランシーは談笑しながら去っていく。
 俺はそれを見ながら、心の中でルイズをよろしくと、モンモランシーに言うのだった。
 学院での生活は平和そのものだった。
 この時間がいつまでも続けばいいと思っていたのだが、現実はそうも行かなかった。
 そうこの平和な学院生活は、運命の輪が回り始める前の、束ぬ間の平和だったのだ。