死の先に待っていた新たな世界
第36話


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 あの後、すぐにキュルケに俺の姿を見せて一応話し合う形にした。
 今、俺達は馬車の近くに集まっていた。
 俺、ラウード、シルファと向かい合う形でキュルケ、タバサだ。
 キュルケが腕を組み、タバサは無表情で何を考えているかは伺えない。
「で、どうしてアレスがここに来ているわけなのよ?」
「湖の水位が上がっているって言う報告を聞いて調査に来たんだよ」
「そう。それで、あたし達を止めた理由は?」
 鋭い目つきで俺を射抜いてくる。
 この辺はさすがゲルマニアの貴族だ。
 眼力だけで迫力がある。学校では見せない一面を見た気がした。
「ノルンに水の精霊と交渉してもらって水位を下げるための条件の一つが君達を止めることだったんだ」
 ノルンを見て言うとノルンもそうだという風に頷く。
「水位を下げられるの?」
 ちらりとタバサを見ながら尋ねてくるキュルケ。
「そうだね。何でも水の精霊は人間に盗まれた秘宝を取り返すために水位を上げてたんだ。
 つまり秘宝さえ戻れば水位は元に戻すと。
 取り戻すに当たって、僕達が代わりに行うことにしたんだけど信用できないと言うことから水の精霊の依頼としてまずは水の精霊を襲撃するものたちを止める事になったんだよ」
 俺がそういい終わるとキュルケとタバサが顔を見合わせる。
「本当に水位は下がるの?」
 タバサが俺を睨みながら言う。
 どういう理由かは分からないが、邪魔されたのが余程腹立っているのだろうか?
「そのはずさ。まずは水の精霊と話して襲撃が無くなったことを告げないと」
 小さく頷き、タバサは下がった。
 聞きたいことはそれだけらしい。
「それで、どうしてあなた達は水の精霊を襲撃してたの?」
 シルファが二人を見て不思議そうに尋ねる。
 本来なら二人とも俺の同級生。つまりはまだ学生なのだ。
 学生が水の精霊を襲撃する理由がない。
「こっちにもいろいろとあってね。ただ言える事はこっちも水位が上がっている事に困ってるってことよ」
 ため息を吐き出すようにキュルケが言う。
 確かにラグドリアン湖はトリスティンとガリアに跨って存在している。
 そうなればガリアの方でも増水を何とかしたいと思うのも頷けた。
「確かに水位が上がりっぱなしってのは困るよな」
 ラウードも頷きながら言う。 
 困っているのは何もトリスティンの民だけではないんだ。
「でも、水の精霊を攻撃するなんて下手したら返り討ちにあってたわよ?」
「そんなことは分かってるわ。でも、それでも何とかしたかったのよ」
 シルファは釈然としない様子で言うと、キュルケも困ったように言うしかないようだ。
「まあ、ともかく要は水位が下がれば問題は解決ってことでいいんだよね?」
 このままここで話していても仕方が無い。
 俺がまとめに入ると、皆も頷いた。
 水位を下げるなら早く下げたいのはどちらも一緒なのだから。

 俺はノルンを通して再び水の精霊を呼び出した。
 前回と同じく、水の精霊は形を人と同じくして現れる。
「水の精霊よ。あなたを襲撃する者を捕らえ襲撃を止めさせました」
「単なる者よ。我に触れよ。汝が偽りを告げていないかを汝の心に問おう」
 水の精霊に触れる。
 これは相手の領域に踏み入れることになる。
 もし、これで俺が虚偽を言っているとなれば一瞬にして殺されるのだろう。
「分かりました」
「アレス!」
「マスター!」
 水の精霊に頷くと、シルファとノルンが驚いたように声を上げた。 
 水メイジであるシルファにとって水の精霊に触れることがどれ程危険か分かっているんだろう。
 ノルンもまた精霊に身を任せることがどういうことか分かっていたようだ。
「大丈夫だから」
 俺はそれだけ言うと、水の精霊に歩み寄って水の精霊に触れた。
 ひんやりとした感触、水そのものの感触だ。
 判断は一瞬だった。
「汝が虚偽を告げていないことが確認できた。汝らの言うことを聞いてやろう」
「ありがとうございます」
 頭を下げつつ、俺は水の精霊から離れた。
 さすがに緊張したな。
「それで、一体誰がアンドバリの指輪を持ち去ったのですか?」
「今から月が三十程交わる前の晩だ。汝ら数個体が風を駆使して秘宝を盗んだ。その時の一個体がクロムウェルと呼ばれていたのを覚えている」
「クロムウェル……」
 俺の記憶違いじゃなければ、現レコンキスタの総帥の名前だ。
 シルファとラウードを見ると驚いた顔をしてやはり俺の方を見ている。
 キュルケは首をかしげて、タバサは興味がなさそうだ。
「水の精霊よ。分かりました。それではアンドバリの指輪は私共で探させていただきます」
「汝らは我との約束を守った。汝らを信じ我は待つことにしよう」
「あ、一つ。いつまで探せばいいでしょうか?」
「汝らの命が尽きるまででよい。
 我は世界があり続ける限りある。だが汝らはそうはいかぬ。
 ならば汝らの命が終わるまでよい。それでも探せぬのなら我が探せばよい事だ」
「ありがとうございます」
 再度俺が頭を下げると、水の精霊は形を崩していく。
「待って」
 水の精霊が去ろうとした時にタバサが呼び止めた。
 一体、何があるというのだろう。
「水の精霊。あなたに一つ聞きたい」
「なんだ?」
「あなたはわたし達の間で誓約の精霊と呼ばれている。その理由を聞きたい」
「単なるものよ。我と汝らでは存在が根本から異なる。ゆえに汝らの考えに我は深く理解できぬ。だが、察するに我の存在自体がそう呼ばれているのではないか。我に決まった形はない。しかし変わらぬ。汝らが目まぐるしく世代を入れ替える間、我はずっとこの水と共にあった。
 変わらぬ我の前ゆえ、汝らは変わらぬ何かを祈りたかったのだろう」
 水の精霊がそういい終わると、タバサは頷いた。
 そしてひざまづくと、両手を合わせて祈りを捧げる。
 一体、何を約束しているのかは分からない。
 だが、その姿に俺は悲壮な何かを感じ取った。
 彼女もまた何かをその胸に抱えているのだろう。
 タバサが立ち上がると、今度こそ水の精霊は跡形も無く水に溶けて消えていった。

 ラグドリアン湖の増水の件はこれで終わった。
 俺とシルファ、ラウードはキュルケ達と別れるトリスタニアへと向かう。
 道中は皆、何か思うことがあるのか黙ったまま馬車に揺られていた。
 そしてその雰囲気に耐えかねたようにノルンが俺達に声をかける。
「みんな黙っちゃってどうしたの?」
「いやね、指輪を盗んだ人間のことでさ」
 俺がそういうと、きっかけを待っていたかのようにシルファが口を開く。
「アレスも何か引っかかるのね?」
「そうだね。湖の水位が上がり始まった時期。そしてレコンキスタの勢力が拡大していた時期。
 この二つがどうしても重なるような気がするんだ」
 月が三十交わる前の晩。
 確か二年位前のことだ。
 俺がトリスティン魔法学院に入った頃のこと。
 確かにその頃からアルビオン、トリスティン連合軍が押され始めている。
「俺も同じ事を考えてた。クロムウェルと言えばレコンキスタの総帥だ。俺達で調べたんだ忘れもしねえ」
「そうなんだよね。レコンキスタが急激に勢力を伸ばしてアルビオンを今や取り込もうとしている。クロムウェルはただの司祭だったし、特別な何かがあったわけじゃない。そもそも彼が総帥の器とも思えなかったんだよね」
「俺も同じ意見だ」
「わたしもね」
 俺達はそういうと頷き合った。
「ねえ、あたし除け者にされてる気がするんだけど?」
 盛り上がる俺達にノルンがジト目で俺を見る。
「ごめん。とんでもないことが分かったからさ」
「レコンキスタってマスターがアルビオンで戦った奴らでしょ?」
「そうだよ。しかし、クロムウェルだけじゃとてもアンドバリの指輪は手に入れられないはず」
 クロムウェルは司祭だ。
 ただの司祭がアンドバリの指輪を手に入れることは愚か、その使い方だって分かるわけがない。
 それなら、誰かが?
「協力者が居たんじゃね? アレス、もしかしすると黒幕が居るかもしれないぜ?」
 ラウードがまるで俺の思考を先読みするように言う。
「僕も今、ちょうどそう思ったところだよ。ノルン、アンドバリの指輪で心を操られた人間ってどうなるんだい?」
「確か、指輪の持ち主の忠実な僕になるんじゃなかったかしら? あなたはどう?」
 ノルンがシルファに話を振ると、シルファも頷いて答える。
「わたしもそうだと記憶してるわね」
「そうか……」 
 それだけ強力なマジックアイテムとなるといかにクロムウェルがただ司祭であっても総帥に成り上がることも出来る。
 問題は、誰が、一体、何のためにクロムウェルに指輪を託したのか? だ。
「シルファ、ラウード。アルビオンに行っていた時にクロムウェルに支援する人間の噂とかって聞いたことあったっけ?」
「いいや、俺は知らないな」
 ラウードがシルファを見ると同じく頷く。
「だよね……。当時のパブリックユニオンの誰かがアンドバリの指輪を持つならまだ分かるんだ。彼らの悲願はあくまでアルビオンでの地位向上だからね。
 でも、当時のクロムウェルは純粋に聖地を目指すことを叫んでいた。
 あの時の話からすると、とても彼がアンドバリの指輪にたどり着くとは考えにくい。
 となると、クロムウェルを祭り上げるメリットが思い浮かばないんだよね」
 当時パブリック・ユニオンとレコンキスタの利害が一致していたのは知っていた。
 彼らが頻繁に接触しているのも。
 その後、レコンキスタと統一しクロムウェルが総帥となるわけだが。そして二年前にアンドバリの指輪がクロムウェルに渡る。
 アンドバリの指輪ほどのマジックアイテムなら普通、自分が使いたいところだろう。
 それがクロムウェルに渡すとなるとそいつに欲があるのか、ないのか。
「一体誰が、何のためにこんなことをしたんだろう?」
「それが分かったら悩まないで済むだろうな」
「ホントね」
 二人の言葉に俺も頷くしかなかった。

 トリスタニアに戻ると、報告書の作成を二人に任せて俺は自室に戻った。
 正直、考えないとならない事が多い。
 俺が国王になって、レコンキスタとアルビオンを支持してと考えたが今回の話を聞く限りかなり厄介かもしれない。
 アンドバリの指輪。
 死んだ人間を操ることが出来る上に、生きている人間はその心をも操る。
 下手に俺が会えば俺の心も操られる可能性があると言うわけだ。
 そして気になるのがウェールズ。
 俺の予感が杞憂に終わればいいが、ウェールズが本当の意味で向こうに落ちた可能性がある。
 これはただの予感だから何とも言えないが。
「マスター、随分と怖い顔をしてるわよ」
「ああ。ウェールズのことが気になってな」
 そういうと俺は座っていた椅子から立ち上がる。
 窓の方へ行き、外を見た。
 陽が落ち始めて空を朱に染めている。
 この空の向こうにアルビオンがあるんだ。
「アンドバリの指輪はクロムウェルが持ってるのは間違いない。ウェールズは奴と会見しているんだ。もしかしたらと思うとちょっとな」
「不安なの?」
「まあな。俺の考えていた構想の前提が崩れるかも知れないからな。ウェールズが正気ならいい。もし向こうの手の中に落ちたとなるなら外交は難しくなる上にアルビオンとトリスティンの統一も難しくなる」
 甘かった。
 本当に考えが甘かった。
 クロムウェルがアンドバリの指輪を持っているとなると全ての前提が崩れる。
 そう肩を落としているとノルンが肩の上に乗って、俺の頬を撫でる。
「元気出して、マスター。まだ何も始めてないんだから。
 マスターは考えるの好きなんだし、ここからどうするか考えようよ」
 優しい声でノルンが言う。
 ホントこういう時はノルンがいて良かったと思う。
「ありがとう、ノルン。確かにその通りだ」
 そうだ。
 まだ何も始めてない。
 逆に動き始める前に分かったんだ。
 だったらまた練り直せばいい。
 アンドバリの指輪を持ったクロムウェルをどうするか、を。
「全てはここからか」
「そうだよ、マスタ! ここから!」
 にっこりと笑って俺を励ますノルン。
 いい使い魔だ。
「それに、ルイズのためなんでしょ! それなら尚更、頑張らないと」
「ああ。そうだな」
 ルイズのため。
 ルイズと平穏に暮らすために今を頑張っているんだ。
 だったら、こんな所で挫けていられるわけがない。
「ルイズのためにも落ち込んでなんていられないな!」
「マスター、その意気!」
 俺は改めて、本来の目的と言うものを思い出すのであった。