死の先に待っていた新たな世界
第34話


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 ドアの前に立つアンリエッタは俺と、人間サイズのノルンを見比べる。
 何かに気がついたのかノルンを驚いた表情で見た。
「ま、まさか、ノルンなの?」
「う、うん」
 ノルンは少し気まずさを感じて、元の姿に戻る。
 再びフェアリーとなって俺の肩の上に乗ると、頬をかいた。
「今のどういうことなの!」
 やや憤った口調でアンリエッタが言う。
「これはな」
「アレスに聞いているんじゃないの! ノルン、今のはどういうことよ!」
 俺じゃなくてノルンかよ?
 それってもしかして嫉妬とかじゃないだろうな……。
 ノルンは照れ笑いをしながらアンリエッタの言葉に応える。
「だって、あたしもマスターの役に立ちたかったから」
「役に立つのと、そ、その、抱きしめるのと、どういう関係があるのよ!」
 抱きしめると言う時に、頬を少し朱に染めながら俺をちらりと見てきた。
 身内だけになると、可愛いところもある。
「頑張りすぎのマスターに甘えて貰うためよ」
 ノルンは堂々としながらアンリエッタに言う。
 確かに甘えられる存在だとは思う。
 俺だってそれは否定しない。
 だけど、アンリエッタにとって面白くないわけで……。
「アレス?」
 矛先が俺へと向けられた。
「なんだ?」
「わたしじゃ、頼りにならないの?」
 今にも泣きそうな顔で言うのは正直反則だろう。
 これはどう答えるべきか……。 
「アレス、わたしじゃダメなの? ウェールズ様と結ばれるまでの間はわたし達、夫婦なのよ?
 頼ってはくれないの?」
 夫婦を持ち出してくるなんて、無しだ。
 だが、俺達の結婚はあくまで新たな国家を誕生させるための仮初めのもの。
 万が一、アンリエッタの情が俺に移ったらそれは大変なことになる。
 何せ、俺の本命はあくまでルイズなのだ。
 あそこまで俺を思ってくれる子は他にはいない。
「アンリエッタ、俺との結婚は仮初めだぞ? 下手に情が移ったらウェールズとはどうするつもりだ?」
 アンリエッタの最終目的はウェールズと結ばれること。
 確かに俺は、アンリエッタが国内で唯一心許せる男性だとしても彼女が一番愛するべき人を差し置いて俺がそのポジションを奪うような事は出来ない。
 だからこそ仮初めの結婚に、俺が完全に甘えるわけには行かない。
 小さい頃から知っているアンリエッタを兄として支えることはあっても、夫として支えるわけには行かないのだ。
「それは……。でも、それじゃわたし、アレスのお荷物みたいじゃないの」
「お荷物ってね……。アンリエッタ、君は正真正銘の王族ってこと忘れてない?
 例えば、あくまで例えばだけど、俺とアンリエッタの命ならどちらが大事か?
 そう考えた時、国家としてアンリエッタ、君の方が俺の命よりも何十倍、何百倍も大切なんだ」
 命にどっちが大切なんて本来ない。
 だが、もし俺とアンリエッタの命ならどちらを選ぶべきか?
 王族の血を引くアンリエッタを優先されて当たり前なんだ。
 もっとも俺が死んだらルイズが悲しむからそんなことがあってはならないわけだが。
 それにこの計画を遂行するには俺が必要不可欠だ。何せ俺の案でこういう結果になっているわけだから。
 とは言え、アンリエッタは支えられても良い。
 だが俺が彼女に支えられると言うのはない。
 それだとウェールズに申し訳が立たないからな。
「アレスの命だって大切よ!」
「そうだよ、マスターの命だって大切!」
 例えばなんだが、やはり話題が悪かったみたいだ。
 二人から猛烈に反論させる。
「だから、例えばと言っただろ? でも、それくらい重要なのは分かって欲しい。
 万が一計画が破綻した場合、最優先事項はトリスティン、アルビオン両王家の存続だ。
 そのためにはアンリエッタとウェールズには何が何でも生き残って貰う必要がある。
 それは二人とも分かるだろ?」
 やや強引な言い分だが、王家を持ち出すことで二人とも黙った。
 アンリエッタに甘えないと言う事とは違う話にすり替えて誤魔化したわけである。
 ま、それでアンリエッタに甘えられないと捉えて貰えれば問題ない。
「分かったわ。でも、わたしに出来ることは言って欲しいの。
 その……、抱きしめるくらいでいいなら、わたしにだって……」
 頬を染めて言われてもな……。
「アンリエッタ、その役目はあたしがやるんだからアンリエッタはいいの」
 俺とアンリエッタの間に腰に手を当てたノルン割り込んで言う。
 どうやら俺への甘えさせポジションは渡さないと言ったふうだ。
 せっかくだから、俺もそれに乗ることにする。
「ノルンに甘えるからと言うは、置いておいて。
 アンリエッタは魅力的だからさ、アンリエッタに抱きしめられたらそこから先何をするか俺だって分からないぞ?
 それこそ大切なウェールズより先に俺に奪われたりしたら嫌だろ?」
「そ、それは……」
 俺って女の子になんてことを言っているんだろう?
 まあ、でもこれくらい釘を刺しておいて問題はないはずだ。
「そうよ。マスターってこう見えて結構やる時はやるのよ? ルイズとだって、ね? マスター」
「そうさ。……っておい、ノルン! あの時、ノルンはいなかったはずだぞ?」
 アルビオンへの出兵の前(※第十一話)、ルイズに抱いてくれと言われて抱いた事がある。
 だが、あの時ノルンはいなかったはずだ。
 それなのに何故ノルンが?
「その……ね? マスターが遅いんで探しにルイズの部屋まで行ったら二人ともお取り込み中だったから」
 ノルンが顔を真っ赤にしながら頬をかいて誤魔化す。
 確かにそういう事なら知っているかも知れないんだが。
「それで、わざわざ窓から覗いたって訳か?」
「そうそう…・・って! マスター、今の無し! 今の誘導尋問だよ!」
「いや、単にノルンが迂闊なだけだけどな」
 ふとアンリエッタを見えると、口元を抑えながら真っ赤な顔をしていた。
 少々、刺激の強い話題だったかも知れない。
「アンリエッタ、まあそう言うわけだから。
 俺だって理性を無くしたらそう言うことだって平気で出来るわけなんだよ」
「わ、分かったわ」
 とりあえず色々と話題が混ざって完全に誤魔化せたようだ。
「で、アンリエッタが来た理由って何なんだい?」
 かなり遠回りしたが、本来の用件を聞くことにするのだった。

 二日後、俺はラグドリアン湖へと馬車を走らせていた。
 正面に座るのは数年ぶりの再会となるシルファとラウードだ。
 五年前、意識を取り戻してから少しの間は関係が続いていたのだが、俺がヴァルガードの将軍となって国内の賊狩りなどをし始めてからは久しい。
 アンリエッタが俺の部屋を訪れた理由。
 それはラグドリアン湖の水位が増していると言うことを俺に伝えに来たからだった。
 今までも何度か王宮へ対策を求める文書が送られてきていたらしいが、高官の一人が大したとではないと高を括り上まで報告が上がっていなかったらしい。
 今回、ヴァリエール公爵を通してこの話が持ち込まれたらしく二人を派遣する事にしたと言う。
 五年前からすると顔の彫りが深くなってますます男らしさが増したラウード。
 シルファはポニーテールをやめて髪の毛を下ろしていた。
 金髪の髪は腰まで届き、女性としての魅力が増して俺も思わずどきりとしてしまう程だ。
「それにしても、アレスが国王とはな」
「ホントね。まさかアレスが国王にまでなるなんて思わなかったわ。それに策略家になっているなんて」
 二人とももう何度目か分からない程この話題に驚いている。
 ちなみ、ノルンは俺の肩で眠っている。
 自己紹介をしてはじめの内はシルファと話していたが眠くなったらしい。
「あの、二人とも? 何度も言うけど僕はまだ国王になって無いんだけど?」
 しみじみ言う二人に一応の反論をしてみる。
 確かに驚くのも無理はない。
 二人が知っているのは俺が十四歳の頃なんだから。
「仮初めとは言え、ルイズお嬢様はどうするだよ?」
「ルイズにも一応納得してもらっているからさ。問題はないよ。
 最終的にルイズと結婚はするんで」
「でも、女ってそうだと分かっていても愛する人が他の人と一緒にいるのは我慢できないものよ?
 ちゃんとルイズお嬢様の事も大切にして上げないと、あの子とても寂しがり屋だから」
 シルファが真剣な眼差しで言う。
 やはり年上の女性だ。
 その辺の事をしっかりと心配している。
 俺はどれだけ年を取っても所詮は男だ。女性の気持ちは女性にしか分からないところもある。
「分かってはいるつもりだよ、シルファ。
 僕だってルイズに寂しい思いをさせたままにすることはしないさ」
「そう。でもね、ちゃんとルイズお嬢様を捕まえておかないと寂しさからふらりといなくなっても知らないからね?」
「肝に銘じておくよ」
 シルファはさすがに容赦が無いな。
 でも、彼女が言っていることに間違いはない。
 ルイズが寂しがりやなのは確かだ。今はサイトが付いていてくれているから大丈夫だと思うが。
 万が一俺から離れるなら、相手はサイトってことになるのだろうか?
 サイトは……。
 サイトは確かにルイズを大切にしている。
 俺なんかよりずっと真っ直ぐな心を持っているし、日本の価値観で物事を判断しているからな。
 何せ、まだ高校生だ。
 血の気も多い、もしかしたらって考えもないわけではないんだ。
 シルファに言われて始めてその可能性を認識させられた想いがする。
「全く、好きなら絶対に離さないようにしておけばいいだろう?」
「まあ、そうなんだけど。今はこの話はやめにしよう。
 そろそろ湖のはずだから」
 あと三十分も馬車を走らせば湖に着く。
 だから、調査についての打ち合わせをしようとした時だった。
 突然、馬車が止まったのである。
「おい、まだ湖まで距離があるだろう?」
 そう言って、ラウードが馬車を降りた。
 俺もシルファも馬車を降りると、言葉を失って道の先を見ていた。
 馬車が止まった理由。
 水位が増しているとは聞いていた。
 だが、これは……。
「なあ、ラグドリアン湖ってまだ先だったよな?」
 ラウードが前方を見ながら言う。
「ええ、まだ先のはずよ」
「僕もまだ先だったと記憶してるけど」
「じゃあ、何で俺達の目の前に水があるんだよ?」
 そう。
 目の前に広がるのは報告にあった水位が増していると言うラグドリアン湖だった。
 ここまで水が来ていると言うことは周辺の村は完全に水没していることになる。
「この問題を受けていた高官は明日にでも解雇しないと。
 これだけの問題を報告するほどじゃなかったと言う理由じゃ済まない。
 一体、どれだけの人間が被害を受けたと思っているんだ」
 俺が聞いた話ではラグドリアン湖の増水に関する報告は約一年と少し前からあったと言う。
 大したこと無いとずっと放っておかれたこの問題、とんでもない事になっていた訳だ。
「これは……とんでもない事だわ。
 ランドリアン湖には水の精霊が住んでいるの知ってるけど、もしかしたら水の精霊が何かしら怒っているのかも知れない」
 シルファが湖を見渡しながら言う。
「水の精霊が?」
「ええ。自然でここまで水位が増すなんてあり得ないわ。
 それこそ、何らかの形で長い間湖に水が流れ込みでもしない限りは、ね」
 湖が出来る理由はいろいろとある。
 地殻変動や、人工的に作られること、海面の変化の際に海水が取り残されて出来たりと。
 そう言うことを考えればシルファが言うことは正しい。
「これは、一悶着ありそうってとこだな」
 ラウードが俺達を見て言う。
 水の精霊が絡むとなればただ事じゃない。
「シルファ、水の精霊が絡んでいるとなると対策はどうすればいいんだい?
 僕は、水の精霊との交渉とかは出来ないよ?」
「わたしがするわ。
 だけど、わたしの家は水の精霊とは契約をしてないの。
 ちゃんと出てきてくれるかどうか……」
 水の精霊と契約していないとなると呼び出すのは難しいはず。
「あのさ、あたしが聞いてみて上げようか?」
 今まで俺の肩で寝ていたノルンが声を掛けてきた。
「え? ノルンちゃん、出来るの?」
 シルファが起きたノルンに尋ねる。
「人間がやるよりは交渉出来るはずよ? あたしが風の精霊を通して水の精霊に聞いてみてあげる。
 精霊同士ならある程度話が通じるはずだから」
 ノルンが俺の肩から降りて、俺達の前に出ると胸の前で手を組んで祈りを捧げるような格好を取った。
 どうやら風の精霊を通して水の精霊に尋ねているらしい。
 しかし、風の精霊と交流があるフェアリーがまさか水の精霊とも話が出来るとは驚いた。
 しばらくして、ノルンが俺達の方を振り向く。
 表情が少し困った感じだ。
「ノルン?」
「マスター、水の精霊は秘宝を探してるらしいわ」
「秘宝を?」 
 聞き返すと頷き返す。
「秘宝って、まさかアンドバリの指輪?」
 シルファの言葉に深刻な顔をして頷くノルンであった。