死の先に待っていた新たな世界
第33話


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 王宮に迎え入れられた俺には国王になるまでの二週間で一つやらなければいけない仕事があった。
 非魔法研究開発機関の立ち上げである。
 これは俺が元々頼まれていたことだ。
 基本的な構想についてはヴァリエール公爵と父さん、マザリーニ枢機卿が固めてくれた。
 必要な部門は二つ。
 研究開発部門、調査部門だ。
 研究開発部門は、自由な発想の下兵器の研究・開発を行う部門だ。
 調査部門は、研究開発部門とは違う視点で平民の兵へのヒアリング。どんな武器があったらメイジと対抗出来るかである。
 開発した武器は実験部隊による実用試験を行い、実験結果の上で武器を採用するかを決定するらしい。
 主に軍事目的としたこの機関ではあるが、基本構想を元に後は俺が自由に構想することになっている。
 俺はこの基本構想に一部門追加することにした。
 量産部門である。
 トリスティンではメイジ至上主義が強いため、工業的な思考があまりない。
 つまり、武器にしてもメイジが剣を錬成したりするのだ。
 一部の平民が弓を作ったりすることはあるが、基本的にはメイジが工業的な作業を担っている。
 だから俺はここに量産部門を追加したのだ。

 王宮の一室に俺は父さん、ヴァリエール公爵、マザリーニ枢機卿と非魔法研究開発機関の基本構想の資料を受け取って量産部門について話していた。
「ふむ、量産か」
 父さんが面白そうに俺を見て言う。
 俺の発想が楽しいらしいのだ。
 ヴァリエール公爵もマザリーニ枢機卿も俺の案に頷いて見せる。
「量産化については以前、お話ししたとおりです。
 量産部門を組み込むことで効率的に武器の量産が出来ますから。
 部品の規格化を行って、組み立て手順を確立すれば流れ作業で熟練した職人も不要です」
 流れ作業、いわゆるライン生産方式にすれば部品の組み立て程度で労働力を確保できる。
 ライン生産方式による作業のマニュアル化を行えば職人的な技量も不要なので、熟練度はそれ程必要としない。
 ゆくゆくは非魔法研究機関が民間組織になる。もしくは平民による工場の設立なども起こりえるかも知れない。
 そうなればハルケギニアの発展にも良い刺激になると思うのだ。
「アレス君の考えはなかなか先進的で私も刺激を受けるよ」
 マザリーニ枢機卿はそう言ってソファに身を任せる。
 新たな発想は人に刺激を与える。
 とりわけ野心的な人間や向上心のある人間は尚更だ。
 マザリーニ枢機卿のような国をまとめるような人間としては刺激になる。
「それで、この機関のトップですが私以外の人間にしたいと思っています」
「アレスが国王になるからか?」
 ヴァリエール公爵があごに手を当てながら尋ねてきた。
 それに頷いて続ける。
「はい。私が国王になれば国にある機関の総責任者は最終的に私になります。
 事実上、私が全責任を負うことになります。
 一々全ての機関の運営を私一人で行うのには非効率なので私の代わりを立てる必要があると思うのです」
「それはそうだな」
 ヴァリエール公爵を始め、二人も頷いた。
 俺一人に負担が乗っては事が回りにくい。
 だから俺は俺の代わりを立てようと思っていた。
 それもただ代わりが出来るだけじゃない。
 この機関に理解があって情熱がある人間だ。
 情熱があれば、責任感も出てくる。詰まるところ、やらされ根性の人間ではなくやってくれる人が必要と言うわけである。
 それにはこのトリスティンの常識破りな人間が必要なのだ。
「三人に伺いますが、トリスティンの貴族で変わり者はいませんか?
 魔法以外の事に興味がある、もしくは魔法を新たな視点で研究している人物で」
 俺が求める人間は情熱がある人物。
 だからある程度、変わり者の方がこの研究機関を担うにはふさわしい。
 俺の質問に三人が考える中、ヴァリエール公爵が思い出したように声を出す。
「たしかウェルスタン伯爵の息子に一人いたな。
 魔法の研究もしているが、もっぱら魔法の新しい利用方法を探していたらしい。
 もしかしたら非魔法研究にも興味があるんじゃないか?」
「魔法の新しい利用方法ですか? 詳しく聞かないと何とも言えませんが。
 彼は実家に?」
 もし非魔法研究にも興味を持って貰えるなら好都合だ。
 面白い人材になるかも知れない。
「ああ、確かあまり外には出ないと聞いている。
 私も一緒に赴こう」
「お願いします」
 どんな人物かは分からないが、ヴァリエール公爵の知り合いなら彼に来て貰えると話が早い。
 尋ねる日程などを詰めるとこの話題を終えることにした。

 部屋に戻ると、陽が落ちかけている時間だと言うことに気がついた。
「随分と時間が経っていたんだな」
 確か昼過ぎくらいから話をしていた。
 と言う事は三、四時間くらいは話していたのか。
「マスター、あたし疲れたんだけど~」
 実はノルンは一言もしゃべらなかったが俺の肩に座ってずっと話を聞いていたのだ。
 別に待ってて貰っても良かったのだが、付いてくると行ったため連れてきていた。
 硬い話だけにきっと詰まらなかったのだろう。
「退屈だったよな。何か甘い飲み物を頼もうか」
「ホント! 嬉しいな!」
 俺の頬にスリ付きながら言う。
 全く甘えん坊な使い魔だな。
 とは言え、俺もノルンに愚痴ったりとかするからおあいこだろう。
 入り口付近まで来ると部屋に備え付けの紐を引く。
 これは使用人室へと繋がっていて、これを引くと誰かしら来てくれるのだ。
 俺がそれを引くと、一分と掛からずにドアがノックされる。
「空いているよ」
 ドアが開かれると一人のメイドが入ってくる。
 薄い紫色セミロングの髪をした少女だ。
 ルイズよりやや背が大きく、少し頼りなさそうな表情の子である。
 メイド服もまだ新しいから恐らく新人だろう。
「何の御用でしょうか」
 手を前で組みながら俺の表情を伺いながら尋ねる。
 まだ慣れないのだろう。
 緊張した感じがまた初々しい。
「あ、僕の使い魔に何か甘い飲み物を用意して貰えないかな?」
 肩に乗るノルンを見せる。
 ノルンを見るとメイドの少女は表情が笑顔になった。
「可愛い、使い魔ですね」
「可愛いけど、頼もしいパートナーだよ」
 俺がそう言うと、ノルンが照れたように言う。
「ちょ、ちょっとマスター。照れるよ」
 そんな姿が余計に可愛いらしく、メイドの少女はくすりと笑う。
「照れる姿も可愛いのですね」
「も、もう! マスターが変なことを言うからよ!」
 ノルンが顔を赤くしながらそっぽを向いた。
 拗ねた姿も可愛いとまでは言わなかったが、メイドの少女の緊張をほぐすには丁度良かったようだ。
「今の時期に取れる果物の絞り汁で作ったジュースがメイドの子達の間で流行っているんですが、もし宜しければそれをお持ちしましょうか?」
「うん、お願いできるかな?」
「はい」
 メイドの少女はそう言ってお辞儀すると部屋を出て行く。
 可愛いメイドだったな。
「マスター、鼻の下伸びてるわよ」
 少し不機嫌そうに言う。
 ノルンも女の子だからああ言った姿を見られるのが恥ずかしいんだろうな。
「可愛いと思ったからな。ま、ノルンの可愛さには負けるんだけど」
 だからノルンの頭を撫でながらそう言った。
 ノルンも頬をふくらませながら片目を開けて俺を見る。
「もう、そうやって優しいんだから……。許して上げる」
「それは良かったよ」
 ノルンのご機嫌も取れたことだし、俺はノルンの飲み物を待ちながら羊皮紙を取り出してある構想を練る。
 練る構想は情報機関の構想だ。
「マスター、また考え事するの?」
「ああ。今のトリスティンは昔に比べれば比べものにならない程、軍事面において向上しているんだけど国の情報機関は無いんだ」
 国内に入ってくる情報は各貴族の情報力に頼るのが現状。
 それらの情報の内、重要なものは国が動くのが今までのあり方だった。
 だが、最初から情報を収集する機関が必要だと思う。
 情報の収集、統制、操作。
 まだハルケギニアではそこまで高度な情報機関は無いはず。
 今後、ハルケギニアは俺の突拍子もない提案から改革期を迎えることになると思う。
 その時、国の情報統制能力がないと国内を混乱させる可能性が多いのだ。
 レコンキスタに取り込まれる案も、情報を上手く操作できるようになればより有利に事を運ぶことが出来る。
 アルビオンとの合併するまで何が起きるか分からない以上、あらゆる事を想定して準備をしないとならない。
 本当は数年掛かりでやりたいんだが、そんな時間は無い。
「また難しい事を考えてるんだぁ。
 こういう事柄はあたし手伝えないんだよね」
 歯がゆそうに言うノルン。
 こればかりは仕方ない。
 そもそも俺だってここまでするつもりなんて毛頭無かったんだ。
 ノルンを呼び出した頃はせいぜいレコンキスタとの戦争を有利に進ませたかっただけ。
 メインはルイズとの事をだった。
 そのはずが俺が国に深く関わりすぎたせいで国王になることになったのだ。
「ノルンはさ、俺が疲れた時に愚痴れればいいんだ」
「あ、それなんだけどね。ちょっとマスターを驚かせる魔法を使えるようになったんだ」
 ノルンがそういうと嬉しそうにニヤける。
 一体何だろう?
 どんな事が出来るようになったのかを尋ねようとした時、再びドアがノックされる。
 先ほどのメイドだろう。
 俺は返事をするとメイドを中に入れるのだった。

 運ばれた果物の絞ったジュースは人間サイズのコップに入っていた。
 さすがにノルンサイズのコップは王宮に用意していないから仕方ない。
 ノルン用のコップは俺が以前作って置いたので、運ばれたジュースをそれに入れて飲んで貰おうとする。
「あ、マスター。もう入れ替える必要もないよ」
「それはどういうことだ?」
「マスターを驚かせる魔法にちょっとね」
 嬉しそうにノルンが言うと、俺の肩から離れて魔法の詠唱をする。
「我をまといし風よ、我の姿を変えよ」
 ノルンに風が纏うと一瞬光って、次の瞬間。
「ま、まさか……。変身魔法?」
 目の前には人間サイズのノルンがいたのだ。
 服はルイズなどが着ていた学院の制服だ。
 マントは着てないが、ブラウスを着て紺のスカートを穿いている。
 しかし、変身魔法は韻竜などが使う高度な魔法じゃなかったのか?
「マスター、どうかな?」
 その場で一回転する。
 ノルンの金髪のロングヘアーがふわりと舞い、スカートもふわりと浮かび上がるがそれは片手で浮かび上がるのを押さえる。
 わずかに恥じらった笑顔を俺に向けてきた。
 思わず俺は息を飲んだ。
 確かにノルンは可愛いと思っていた。
 容姿も抜群だし、金髪のロングヘアーもとても綺麗である。
 あまり触れなかったが、胸もそこそこあったのだ。
 そんなノルンが人間サイズに変身となったわけである。
「あ、ああ。とてもいいと思うぞ」
 思わずときめきそうになってしまった。
 これは反則だろう。
「ところで、その魔法は? 変身魔法か? とても高度な魔法じゃないのか?」
「変身魔法だけど、本当の変身魔法は姿形を変えるの。
 あたしはそこまで使えないから、大きさを変えられるようにしたんだ。
 ついでに服装もね。これは物体を変えるくらいならそれ程大変じゃないから」
「しかし、驚いたな。
 まさか人間サイズになるとは……。
 だけど、あまり人間サイズになる必要はないんじゃないのか?」
「そう思うでしょ? でも、ね」
 ノルンが俺に近づく。
 俺は椅子に座っているわけで、今の体勢だと俺の顔の位置が彼女の胸の位置になる。
 ノルンが何をするのかと思えばなんと俺を自分の胸元に引き寄せたのだ。
「お、おい、ノルン!」
 俺はノルンに抱きしめられる格好になり慌てて離れようとした。
「ちょっと静かに。マスター力を抜いて、あたしに身を任せて……」
 だが、ノルンは俺を押さえつけてそう言う。
「し、しかし!」
「いいから」
 諭すように言われて俺は従うことにした。
 別に変な意味でこういう事をしているわけじゃないはずだ。
「マスター目を閉じてみて」
 言われたとおりに目を閉じる。
 ノルンの胸の柔らかさを感じながら少し落ち着かないと思ったが、思いの外心が落ち着く。
 例えるなら母親の胸の中にいるような感じだ。
 まるで子供の頃に戻ったような、そんな感じがする。
「どう、マスター? 落ち着く?」
「ああ。不思議だな……」
「ふふふ、マスターって頑張り屋さんだからね。
 友達に聞いたことあって、こうしてあげると落ち着くんだって。
 マスターって誰にも頼れないでしょ? だからこうしてあげたかったんだ。」
 母性というのはこれ程までに人の心を癒すものなのか。
 ノルンが言うとおりとても落ち着くのだ。
 使い魔は主人を守ると言うのは俺も知ってる。
 だけど、こうして俺の心まで守るとは。
「ありがとう、ノルン。
 やっぱり君は最高のパートナーかも知れないな」
「そうでしょ。あたしはマスターの使い魔だもの」
 ノルンがそう言った時、突然部屋のドアが開いた。
 俺達は驚いてノルンは素早く体を離す。
 慌ててドアの先を見ると、そこには驚いた表情のアンリエッタがいたのだった。