死の先に待っていた新たな世界
第32話


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 学院の退学届けを出し、俺は学院を去った。
 オールド・オスマンには何度となく考え直すようにと言われたが、王になると言う話を明かすと諦めてくれた。
 ただし、王になるならばそれ相応の覚悟があるのかと尋ねられることになったが。
 最終的には俺の意志を尊重してくれた形になった。
 本来ならギーシュとモンモランシーくらいには別れを言っても良かったのだが、事がことだけに俺もうっかり口を滑らすとまずいため何も言えずに去ることになった。
 今度二人に手紙は送るつもりではある。
 学院を去った俺とノルンは実家へと向かっていた。
「マスターのお母様、なんて言うかしら?」
 俺の肩で一緒に馬車に揺れるノルンがつぶやいた。
 以前、戦場へ行く前に実家に立ち寄った際にノルンは俺の母さんと会っている。
 その際いろいろと意気投合していたが。
「さあね。母さんの事だからな……」
 静かに怒るだろうな。
 最終的には認めてくれるんだろうとは思う。
 だけど、そこに至るまでは相当お灸を据えられそうだ。
 例え、王になろうとも、母親は母親なのだ……。
 どんなに権力が強かろうと、力が強かろうと、母という者には叶わない……。
 漂わすオーラが相当暗いのだろう。
 苦笑しながらノルンが俺の頬を撫で始めた。
「マスター、仕方ないから。元気出して」
「……。ノルンは母さんに責められたことが無いからな」
「そんなに嫌なの?」
「心に罪悪感というか後悔の念を抱かせると言うか」
 こう精神的にきついんだよな。
「マスター、諦めるしかないわ」
 同情の労りが、とても染みる。
「ああ、諦めるわ」
 俺はただそう言うしかなかった。

 ヴァルガード家、広間。
 俺は父さんと共に母さんの前で頭を垂れていた。
 青い髪を揺らせながら激しく俺と父さんは責められていた。
「そこまでの話は分かりました。
 しかしです。あなたが付いていながら、こういう事態になるとはどういうことなのですか?」
「め、面目ない。だが、エレン」
「言い訳は結構です。アレス」
 ばっさりと父さんの反論は叩ききられた。
 父さんは口を閉ざしてただ肩を落としていた。
 もうかれこれ、数時間にも及ぶ。
「は、はい」
「王になることは民のことを考えることだと言うことは分かっていますか?」
「はい、それは母様から意志は受け継いでおります」
 自信を持って答える。
「その事はいいです。でも、だからと言ってまだまだ学ばないと成らないあなたが王になろうとはしっかり出来るとでも思っているのですか?」
「そ、それは……。しかし、父様と母様から今まで学んできましたし」
「わたしとこの人は確かに人の上に立つとしての基本的なことはあなたに教えました。
 ですが、それはこのヴァルガード家の民をまとめるためのもの。
 あなたには経験がまだ必要だと言うことが分からないのですか?」
「分かってはおりますが、そう言うならアンリエッタ殿下とて」
「姫様はそういう教育を施されています。
 それに王族として自身が国を治めることも十分にあり得ますから。
 でも、アレスは違うの分からないの?」
「いえ、母上。しかし今の説明だと矛盾しませんか?」
 俺は今の話の中に違和感を感じて反論を試みた。
「どういうことかしら?」
「私もこのヴァルガード家をいつかは治めることを想定して教育されて来ました。
 それを考えると、一国と一領地の違いこそあれ教育としては同じですよ。
 アンリエッタと私では二つしか違い有りません。
 経験の上では戦場にも赴いていますし、内政に関してもだいぶ関わっています。
 そこらか考えても」
「アレス。国と領地とでは立場が違います。
 領地はまだ国によって守られるもの。
 わたし達貴族は、国があって初めて領主として成り立ちます。
 この領地を治めることを認めてもらっているのです。
 ですが、国は守る立場にあるのです。
 国を認めさせるには、周りの国々に認められなければなりません。
 その上で、自分の国の貴族達を始め民を守らないとならないのです。
 下から上を見るのと、上から下を見るのでは視界が異なるのと同じことよ。
 アレス、わかりましたか?」
「はい……」
 さすがは母さんだ。
 とても説得力がある。
 説教をしながら俺に足りないことをさり気なく伝えてくれているんだ。
「いいですか? そもそもアレスは……」
 とは言え、反論の機会と思い口を開いたのが災いした。
 まさに口は災いの元と言うことだ。
 ここから俺はさらに一時間ほど説教を食らうことになった。
 父さんが、俺を恨めしい目で見ていたのが反省の念を抱かせてしまうことにも。

「自業自得だよ。マスター」
 自室に戻って俺は項垂れていた。
 ノルンが馬車の中で揺られていた時以上に苦笑している。
 何というか……。
「いや、分かってはいるんだがどうもこう反論したくなることもあってな」
 だが、その結果と言うのがこの胸の辺りから下の気の重い気持ちになってしまうのはどうなのだろうか。
 まあ、仕方がない。
「でも、何だかんだ言いながら最後はマスターのお母さんも認めてくれたわね」
「反対しても、最後は俺の意志だからってのは分かってるからさ」
「じゃあ、どうしてあそこまで説教するの?」
 ノルンは俺の肩の上にはいなかったが、俺が説教されている所は見ている。
 ほぼ半日は説教で終わったようなものだ。
 父さんも久しぶりにげっそりとしていた。
 今頃、ベッドの上で寝ているだろうな。
「母さんが、あそこまで説教するのはやっぱり母親だからだろうな」
「心配しているからって事?」
「そう言うことだ」
 とは言え、その心配しているという表現が結構辛いのだが。
 だいたいの親、とりわけ母親と言うの子供のことが心配で堪らないものだ。
 前世で、親が亡くなる前も良く俺のことを心配していた。
 成人して、社会人になったというのに電話をしてきては仕事のことや健康のことを気遣ってくれたものだ。
「あたしの両親も心配してるのかな?」
「してるんじゃないか? フェアリーとて基本的には人間と社会は変わらなそうだしな」
「そうかもね。あたしの場合、もらい手についての心配しかされなさそうだけど」
 苦笑しながら言うが、それでも少しは家族を懐かしんでいるようだ。
 もし、機会があるなら実家近くまで遊びに行ってもいいかも知れない。
「ねえ、マスター」
 突然、甘えたような声を出すノルン。
 俺の頬にすり寄ってきた。
「どうしたんだ? 急に?」
「なんか急にマスターに甘えたくなったの。少しこうさせて」
 ノルンはそういうと俺の頬に体を預けて目を閉じる。
 頬越しにノルンの体温を感じながら、俺は優しくノルンの頭を撫でた。
「お母さんに話が終わったと言うことはこれから本格的に動くのよね?」
「ああ。母さんに話したのは一つのケジメだからな。
 ここからが大変だ」
 これから正式な通達が各貴族にされる。
 反対派が構成されてもおかしくない。
 まあ、後ろ盾は大きいから大きな問題は起きないだろうが、それでも一悶着有るだろう。
 それだけじゃなく王宮に住む準備も進めないと成らない。
 実家に戻ったのも俺の私物を王宮に運び出さないと成らないのもある。
 それらの事を話とノルンは小さい体で俺の頬を包み込む。
 人間だったらきっと俺を包み込むように抱いているのだろう。
「不安になったりしたら、あたしにも話してね? あまり役には立たないかも知れないけど胸の内を吐き出してくれるだけでもいいから」
「そうだな……。あまり弱音はアンリエッタやルイズの前では言えそうもない。
 もし、弱音を吐きたくなったらノルンの方がいいかも知れないな」
 本当に、ルイズといいノルンといい俺の事を良く思ってくれる。
「あたしだったら遠慮しないでね。聞いて上げる以外、今は出来ないから」
「ああ。助かるよ」
 俺は幸せすぎるな。
 こんなにも俺を思ってくれる人たちがいるとは。
 贅沢すぎる環境だと思う。
 これ以上のものは何もいらない。
 だから、きっちりと全てを終わらせよう。
 改めて俺はそう思うのだった。

 翌日から王宮へ運ぶ荷物の選定が始まった。
 何も全てを持って行くわけではない。
 王族になるわけだが、計画通りならいずれはこちらに戻ってくることになる。
 そのため、本当に必要なものだけを持って行くことにしたのだ。
「で、これが最後かな?」
 自室にあったものと、書斎にある本の内、俺が所有しても良い本を選定したものに札を付けていく。
 これが後で部下達に運ばせるわけである。
 引っ越し屋では無い以上、適当に持って行くしかないだろうから俺は仕分けをして札に色を付けておいた。
 あとは王宮に同じ色の札を用意しておけば迷わずに運んで貰えるはずだ。
 選定が終わると、俺は父さんに頼み事をする。
「以前にも、似たようなことを頼まれたが、お前の発想には舌を巻くな」
「まあ、靴の素材も杖と同じものに出来ば両腕と両足で魔法が扱えます。
 しかも上手く行けば四種類の魔法を詠唱完了させて放つだけにしておくことが出来る可能性が高いので」 
 杖素材の手袋は以前に作ってもらっている。
 今度は靴も作ってもらうのだ。
「うむ。出来るだけ早く作らせよう。
 して、アレス。それだけのものを用意する理由を聞きたいんだが」
「はい。理由は一つしかありません。
 私が王位を継ぐからです」
「そうか」
 父さんは俺のその一言で全て合致が言ったのか後は深く追求してこなかった。
 理由は簡単だ。
 俺自身が王位を継ぐと成ると内外問わず命を狙われる危険性が高くなる。
 そうなると杖を取り上げられる、また手を封じられるなどすると魔法が使えなくなったりする。
 なら、足でも使えるようになれば自衛手段としてはかなりのものになると俺は考えたのだ。
 もっとも足さえ封じられたらどうしようも無いが。
「マスターってどんどん武装が激しくなっていくわね」
 肩に座るノルンが呆れとも付かないため息を付いた。
 まあ、実際に武装が激しくなっているのは事実なだけに反論は出来ない。
「あたしは使い魔だから、あたしが守ってあげれるのに」
 少し拗ねるノルン。
 その仕草が可愛らしい。
「気持ちは嬉しいさ。だけど、俺は守られるより守る方が好きなんだ。
 ノルンさえ、俺が守りたいと思ってるんだよ」
 ノルンの金色の髪を指でそっと撫でる。
 大きさ的に人形サイズだが、女性の髪の毛特有のさらさらとした感触だ。
「マ、マスター……」
 俺の言葉にノルンの瞳を潤わせた。
 頬を少し赤く染めている。
 俺ってやっぱり女っ垂らしなんだろうなと思う瞬間だ。
「もう、マスター。あんまり優しくしすぎるのダメだからね……。
 今だけマスターに甘えるけど、あたしは使い魔なんだから」
 だから守るのはあたしなの。
 ノルンの小さい唇が俺の頬に触れた。
「ああ。いざって時は頼むよ」
 だが、俺はそのいざって時が来ない事の方がいいと思っていた。
 実家に戻って三日。
 粗方、家での事を終えると王宮へと向かうことにした。
 新たな生活が始まることになる。
 王になる実感は正直まだあまり持てていないが、大きいことを成し遂げないとならない使命感だけはあった。
 王宮に付くと、アンリエッタが門まで出迎えに来ていてくれていた。
 馬車から降りて、アンリエッタの前まで来ると俺は胸に手を当てて跪いた。
「姫様、お迎え頂き恐縮です」
 周りに兵もいる以上、あまり砕けた口調も出来ないのだ。
「良いのです。
 客人をお持て成すのも王女としての勤めですわ」
 笑顔で言われると俺も異論はない。
 確かに持て成す側の心がけまでは口は出せないからな。
 頭を上げなさいと言われ、俺は跪くのをやめるとアンリエッタと共に王宮の中へと入る。
 まだ俺が国王になるのは極秘である以上、ただの客人扱いだ。
 それでもこれから案内される部屋は、俺がここで暮らすのに割り当てられる部屋だ。
 アンリエッタに案内されたのは客間だ。
 中に入ると、最低限生活できるだけのものは揃っている。
 ベッドにクローゼット。鏡や机などだ。
「へー、いい部屋じゃない」
 ノルンが俺の肩から離れて部屋を一通り飛び回る。
 俺の実家の部屋よりは大きいだろうな。
「ここが今日からアレスが使う部屋よ。
 隣をルイズの部屋にするわ。この部屋はちょっとした仕掛けがあってね?」
 アンリエッタは無邪気な子供のような笑顔で俺を部屋の隅に案内する。
「仕掛けってどんなのがあるんだ?」
「これよ」
 壁に掛かっている燭台を下に引く。
 すると、壁と壁の間に少し隙間が出来た。
 丁度、人が一人通れるくらいの大きさだ。
 アンリエッタは隙間の空いた壁をそっと押すと壁が奥へと一度スライドすると今度はそのまま右にスライドする。
「これは……。隠し扉ってことか。
 しかも隣の部屋と繋がっているとはね」
 壁が無くなった先に見えるのはこれからルイズが使うと言われた部屋だった。
「夜に部屋から部屋の移動は何かと危険よ。
 下手にアレスかルイズが互いの部屋に行けば逢引していると噂が立つわ。
 極力、そう言うことは避けたいからルイズと会いたいときはここを使って」
「アンリエッタ。君には参るな。
 ここまで気遣ってもらって助かる」
「いいえ。わたくのわがままを聞いて貰う様なものだもの。
 それに、アレスが国王になってくれればそんなに面倒な事をしなくてもいいじゃない?」
「アンリエッタ……。
 雑務をやるのが嫌だから俺を国王になるのを喜んでないよな?」
 俺がそう言うとアンリエッタは少しだけバツが悪いように、少し舌なんか出して言う。
「ちょっとは雑務をやらないでいいってことに喜んでるわ」
「アンリエッタも、なかなか考えているわね」
 ノルンがアンリエッタに対して感心と呆れ半分で言う。
「あら、このくらいは考えておかないとね? アレスと結婚するんですもの。
 最大に彼の能力を活用したいわ」
「おいおい、とは言え国王になったら実質的な実務は俺の方が多いからな。
 それは最初から想定済みだ」
「頼りになる旦那様だこと」
 そういうとアンリエッタが甘えたように俺に寄りかかってきた。
「ちょっとアンリエッタ。人が来たらまずいぞ?」
「人払いをしてるわ。少しの間なら人は来ないわよ」
 そう言う問題だけじゃないんだがな。
「アンリエッタ! あんまりマスターといちゃつかないで!」
「あら、いいじゃない。ノルンなんかいっつもアレスと一緒なんでしょ?」
「だからって、マスターに甘えるな!」
「嫌よ」
 俺に抱きつくアンリエッタ。
 それを引き離そうとアンリエッタを引っ張るノルン。
 ……緊張感がない。
「アンリエッタ? 俺達の結婚はあくまで計画を遂行するための仮のものだぞ?」
「ええ知ってるわ。
 でも、わたしだって誰かに甘えたいの。
 本当はウェールズ様に甘えたいけど今は叶わないわ。
 だったら、わたし達のお兄ちゃんに甘えてもいいんじゃない?」
「な!」
 無邪気な笑顔でお兄ちゃんとは……。
 正直強力すぎる。
「マ・ス・ター! この、浮気者!」
「いや、この場合違うだろう!」
 あたふたしたままだった俺のセリフはとても説得力が無かったと後にノルンは語るのだった。

 こうして、どうにも緊張感無く新たな生活が始まった。
 だが、それでもいいと思う。
 これからを思うと、このくらいは。
 何せ、二つの国を統合するためへの第一歩はこれからなのだから。