死の先に待っていた新たな世界
第31話


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 会議の翌日。
 俺は学院に戻ることにした。
 これからやるべき事は非常に多くなる。
 まずは戴冠式の準備だ。
 各貴族への通達、各国首脳への通達もある。
 その後は各領土の税金徴収状況の把握、各領土への視察と貴族のヒアリング。
 また国内のレコン・キスタのあぶり出しも結局まだ何も進んでいないのだ。
 だがその前に、学院に戻ってやるべきことがあるのだ。
 ルイズに直接、俺が国王になることを告げることである。
 これは言ってみないと分からないがたぶん一悶着あるだろうと予想している。
 出来るだけ、今回のことでルイズとの仲が悪くなることだけは避けないとならない。
 俺は馬車の窓から外を眺めながらそんなことを考えていた。
「マスター、良かったの?」
 その声に振り返る。
 肩に座るノルンが、心配そうに俺を見つめていた。 
「正直に言って、分からないとしか言えないな……」
「まさか、マスターが国王になるなんてね。
 アンリエッタ王女も満更じゃないみたいだし。
 ねえ、もしアンリエッタ王女がマスターを本気で好きになったらどうするの?」
「おいおい、それを今聞くか?」
 これからルイズに偽りとは言え、アンリエッタと結婚することになる旨を伝えないとならないんだ。
 その状態でアンリエッタが本気で俺を好きになったらとは考えるのは今は避けたい。
「それもそうね。でも、マスターが国王か……。
 これからどうやって行くつもりなの?」
「どうするもこうするもやるしかないさ。
 国を治めたことはないものの前世では仕事上、人の上に立たないとならないことが多かったからそれの応用でなんとかなる」
 とは言え、プロジェクトのリーダー程度しかやった事はない。
「ふーん。あたしはその辺よく分からないけどね」
「まあ、苦労はするだろうけど全く出来なくは無いだろうとは思う」
「無理はしないでね?」
 すっと俺の頬に寄りかかる。
 使い魔の前に、パートナーでもあるんだ。
 俺を気遣ってくれるノルンの気持ちがとても嬉しい。
「分かってるさ」
 小さいノルンの頭を指で撫でるのだった。 
 学院に戻ると、ルイズに早速会いに女子寮へと行く。
 たった数日しか学院から離れていないが、もうここに来ることもないと思うと少々感慨深いものを感じる。
 ルイズの部屋へ来ると軽くノックをした。
「はい、どちら様?」
「アレスだよ」
 そう答えると、ドアが勢いよく開けられる。
「アレス!」
 少し潤んだ瞳でルイズは俺に抱きついてきた。
 おかしいな、たった数日しか空けていなかったんだが?
「お、おい、ルイズ」
 抱きつくルイズをなだめようとして、俺は周りの視線に気がついた。
 周りは何事かと言う視線を俺に向けてきている。
 同姓ならともかく、異性に好奇な目で見られるのは少々居心地が悪い。
「ルイズ、まずは中に入ろう」
「うん」
 ルイズは俺から離れると、部屋の中に招き入れてくれた。
「おかえり、アレス」
 サイトが何やら本を読みながら俺に視線を向けてきた。
 しかしサイトはこっちの文字が読めないんじゃ?
「ああ、これか? ルイズに今文字を教えてもらっててさ」
「そうなのか?」
 俺がルイズの方を見ると、頷いて見せる。
「サイトは、いつまでこっちの世界にいられるかは分からないわ。
 もしこれから何年も元の世界に戻れないなら大変じゃない?
 だから、少し前から教えていたの」
「そうだったのか……。でも、言ってくれれば俺も教えられたんだけど?」
「アレスは忙しいじゃんか」
 サイトはそう言う。
 なるほど、確かに俺は何かと忙しいことが多い。
 だから気を遣ってくれたわけか。
 本当なら同じ世界出身として俺が教えるべきだったとも思ったのだが。
「それより、何か話があるんじゃねえのか?」
 部屋の奥からカタカタ音を立てながらデルフリンガーが言う。
「デルフリンガーそんなのところにいたのか」
「どうせ、俺は剣だから存在感薄いさ」
「悪い、悪い」
「もう、姫様との相談は終わったの?」
 ルイズが俺に椅子に座るジェスチャーをしながら聞いてくる。
 俺は椅子に座ると、その質問に答えた。
「ああ、終わったよ。いろいろあってとんでもない事になったんだけどな」
「とんでもない事?」
 俺の言葉に眉をひそめるルイズ。
 ここからは公になるまでは機密事項になる。
 どうせ遅かれ早かれ知られるんだが。
「ちょっと、多くの人には聞かれるわけにはいかないからサイレント掛ける」
 詠唱を唱えて、サイレントを部屋全体に掛けた。
「聞かれたくないほど、とんでもないことがあったのか?」
「大事になるから公になるまでは控えたいんだ」
 サイトの疑問に答えると、俺は意を決して二人に言う。
「近々、俺は王位を継ぐことになる」
 俺の言葉に二人は何を言っているのかと言うように俺の顔を見る。
 言ったことが理解できないという感じだ。
「つまりは国王になるってことか?」
 何も言えない二人に代わりデルフリンガーが尋ねる。
「デルフリンガーの言うとおりだ。俺は国王になる。そのためにアンリエッタと結婚することになった」
「ど、どうして……」
 ルイズの顔が青ざめる。
 まるで自分が捨てられたと言いたげな絶望する表情だ。
「アレス! てめぇ、ルイズはどうするんだよ!」
 サイトが俺の胸ぐらを掴んで叫んだ。
「サイト、落ち着いて! マスターもちゃんとどうしてかを説明してよ!」
「悪い、悪い。俺が国王になって、アンリエッタと結婚するのは事実なんだが、これには訳がある」
 ルイズは無表情のまま俺を無言で見ていた。
「アルビオンがトリスティンと同盟を一方的に解消する通知を出してきた。
 ウェールズ自身の字で、アンリエッタに。
 それは今後、アルビオンとトリスティンが再び戦争になるかも知れない」
 そして俺は語り始めた。
 そのために、国を強化しなければならないこと。
 その実行のために、確固たる権力が必要であること。
 ゆくゆくはアルビオン、レコンキスタの同盟にトリスティンが相乗りする形で同盟に参加すること。
 最終的に、その同盟によって新たな国家を作ること。
 これらの事がアンリエッタはもちろんのこと、父さん、ヴァリエール公爵、マザリーニ枢機卿、皇后陛下が皆承認していることを。
 全てを語り終えると、ルイズは目に涙を浮かべながら言う。
「どうして……なの? わたしはただアレスと一緒に幸せに暮らしたいだけなのに……。どうしてそんな大きな事になるの?」
「そうだぜ、アレス! 確かにアレスじゃないと出来ないことが多いとは思うけどよ。何もルイズを悲しませるようなことをしなくてもいいじゃんかよ!」
 ルイズが肩を落としているところを支えるようにサイトが手を添えて俺をにらんだ。
「俺もこうまでなるとは思わなかったんだ」
「思わなくても、なっちまったじゃねえか!」
「サイト! マスターだっていろいろと考えた結果なのよ!」
「わかんねえよ! 俺には! 大切な人がいるんだろ? だったらその大切な人を泣かすようなことはするなよ!」
 サイトの叫びはもっともだった。
 俺はルイズが大切だと思ってる。
 それは今だって変わらない。
 でも現実はどうだ?
 こうも肩を落とさせてしまうとは……。
「アレス……。これもわたし達のためなのよね?」
 下を向いたままのルイズが俺に尋ねる。
 その声はやや強めの口調だった。
 完全に絶望したような口調ではない。
「ああ。全ては俺達のためだよ」
「本当に?」
「ああ。実際には俺とアンリエッタの結婚は仮初めだ。最終的には新国家でアンリエッタはウェールズと結婚するさ」
「……。信じて良いのね? アレスを」
「もちろんだ」
 そういうとすっとルイズは立ち上がった。
 その目にはとても強い意志がある。
「それなら、アレスに付いていくわ!」
「ルイズ、いいのか?」
 サイトが心配そうにルイズを見る。
 ルイズは、サイトを見ると力強く頷いた。
「わたしはアレスが好きだもの。だから付いていく。
 でも、サイト。
 あなたの気持ちも嬉しかった。ありがとう」
 笑みを浮かべてお礼を言うルイズに、サイトは顔を赤くしながらただ「おう」としか返せなかった。
「アレス」
「なんだ、ルイズ」
「わたしはあなたを支えるってこの間言ったわ」
「ああ」
「姫様と結婚するって聞いて驚いたけど、でもわたしはあなたを支えるから」
 強い意志で言うルイズに、俺は申し訳ないなと思った。
 本当なら学校卒業と同時に結婚。
 平穏で幸せな生活が待っているはずだったのだから。
 だから、こんな俺に付いてくると言ってくれたルイズに改めて感謝しなければと思う。
「ルイズ、本当にありがとう。
 今、この場で誓うよ。
 俺は必ず、ルイズを幸せにするって」
「アレス……。その言葉を忘れないでね。
 わたしずっと信じて付いていくから、どこへでも」
 俺に抱きついてくるルイズ。
 そのルイズを抱きしめながら、俺は改めてルイズとの幸せを考えなければと思った。
 もう国王になるのことは変わらない。
 その先を考えよう。
 ルイズを安心させられる道を。
「ねえ、マスター。ルイズに肝心なこと言い忘れてるわよ?」
「肝心なこと……。ああ!」
 そうだった。
 俺は自分の事しか話していないが、ルイズの事も言わなければならなかったんだ。
「な、何なの?」
「驚くじゃんかよ!」
「ごめん、ごめん。実はルイズには俺とアンリエッタの専属の文官になってもらうことになるんだ」
「え? ……そ、それって!」
「これからは俺とアンリエッタの側にいて俺達を支えてほしいんだ。
 サイトにも支えてほしいんだが、どうだ?」
「俺は構わないけどよ、ルイズはそれでいいのか?」
「わたしはそれでも良いわ。アレスを支えるって決めてたから」
「そうか。ありがとう。
 俺が国王になったら正式な通達をヴァリエール家にするから」
「それにしても随分と大事なことは忘れてるじゃねえか?」
 デルフリンガーがやや呆れたように言う。
 確かにうかつだった。
 そっちを早めに言えばいいものを俺は何遠回りしているんだ。
「全くね」
 ノルンも腕を組んで言う。
 全く俺としたことが。
「せっかくだから、サイトにも朗報があるんだ」
「なんだ?」
「元の世界に戻る手立てが進んでるんだよ」
「それは本当か!」
 サイトが驚いたように言う。
 それもそうだ。
「ああ、まだ元の世界に戻すことは出来ないんだが、近い将来戻れるかも知れない可能性が強くなった」
「そっかー 元の世界に戻れるかも知れないんだな」
 握り拳を作って、見えてきた希望に喜びを隠さないサイト。
 そんなサイトに、ルイズも声を掛ける。
「良かったじゃない、サイト! これで元の世界に戻る希望が出てきたじゃない!」
「ああ! 本当に良かった!」
 喜ぶサイトの姿を見て、俺はあのコネクト・ゲートを一日も早く制御しきれるようにならなければと思った。
 まあ、それにこう伝えることで俺自身もより高度にあの魔法の制御に尽力を注げる。
 ある意味、俺に対してプレッシャーを与えたことになるんだ。
 頑張らないとならない。
「ねえ、アレス。わたし達の住む場所って決まってるの?」
「一応、宮廷に部屋を用意してもらう手はずになってる。アンリエッタもルイズが来るのを楽しみにしてた」
「姫様とアレスの近くなら、わたしも頑張れるわ」
「そうか。詳しいことは君のお父さんに聞いてくれ。たぶん近日中に連絡が来るはずだから」
「わかったわ」
「さて、俺はそろそろ学院長のところに行かないと」
「学院長のところに? どうして?」
「退学届けを出さないとならないからな」
 とてもじゃないが、学生として復帰は不可能に近い。
 国王になって新国家の建国までとなると俺はもう学生を楽しむことなんて無理だ。
「それならわたしもじゃないの?」
「ルイズはまだ正式に通達が来てからになるから。
 それに俺は明日、実家へ戻るんだ。
 今後のことでいろいろと母さんにも話さないとならなくてさ」
 母さんは何というだろうか……。
 快く送り出してくれると良いんだけど。
「アレス……」
 少し寂しそうな表情をするルイズ。
 少しの間、会えなくなることへ不安があるんだろう。
「大丈夫さ。またすぐに会える。
 それに今度は昔みたいにアンリエッタも一緒にさ」
「そうね」
 そう言ってルイズは笑うが、やはり不安はぬぐえないようだった。

 一悶着はあった。
 しかし、これでようやく進める。
 この大仕事をこなして、ルイズと幸せになるためへの道へと。