死の先に待っていた新たな世界
第3話


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 ルイズの“虚無”について保留されてから二年が過ぎた。
 その間、ルイズには特別な力があるとだけに留めて、“虚無”については伏せて置いた。
 また、“虚無”については引き続き調査を続けていたが、一応終了することになる。
 これ以上は情報が集まらないためだ。
 最終的に、“虚無”が魔法の根本を源流であることまでは突き止めたのだが、それ以上の情報を得るのに文献が無かった。
 調査を終了するにはもう一つ理由がある。
 ヴァリエール家、庭にて。
 俺は、エレオノールともう一人のルイズの姉であるカトレアの三人で、ルイズのコモンスペルを見ていた。
 そこにはルイズが見事、念力を成功させて、石を浮かせていた。
「アレス、見て見て! 石を浮かす事が出来たわ!」
 十一歳になったルイズが嬉しそうにそう言った。
 そう。
 これが、“虚無”の調査終了のもう一つの理由だった。
 ルイズの場合、系統魔法を行使しようとして爆発していた。
 つまり系統魔法を行使しようとする働きそのものは機能している事になる。
 力の制御をいくらしても依然として系統魔法の行使は不可能。
 かなり古い文献に系統魔法は小さい粒から構成されていて虚無は更に小さい粒とあった。
 それではメイジなら誰でも使用可能なコモンスペルはどうだろうか?
 メイジであれば誰でも使用出来る以上、その力の源は同じではないか?
 なら未知の系統でもその原理は同じはず。
 ルイズでもコモンスペルは使える。
 俺とエレオノールで達した結論だった。
 そして、その考えは正しかったのだ。
 初歩的なライトから始まり、ロック、アンロック。
 そして今回、念力も使用可能になったのだ。
「凄いよ、ルイズ! やったじゃないか!」
「良かったわね、ルイズ」
「ちびルイズにしては上出来よ」
 俺たち三人からの言葉に、照れたように笑う。
 本当に嬉しそうだ。今まで、一部の悪意ある人間からは無能だと陰口を叩かれて来たが、これで少なくとも無能ではなくなる。
 今まで、力の制御の訓練もして来た甲斐があったのだろう。
「そのまま自分に掛けて御覧なさいな」
 エレオノールの言葉に、ルイズは頷いて念力を自分に掛ける。。
 ふわっと、ルイズの体が地面から二十センチ程浮かんだ。
「アレス! エレオノール姉さま! ちい姉さま! 見て! わたし飛んでるわ!」
 飛べたことが余程嬉しいのだろう。
 そのまま、魔法を維持すると俺たちの方まで飛んできた。
 そして、俺の前に着地すると、思い切り抱きついてきたのだ。
「アレス! 本当にありがとう! わたし、何てお礼をしたらいいのか!」
「その笑顔が何よりものお礼だよ。喜ぶルイズを見るだけで、僕は嬉しいからさ」
 俺はそう言ってエレオノールを見える。
 エレオノールも頷きながら言う。
「その通りね。わたしもアカデミーに入った甲斐があったものよ。もっともアレスがいなかったらここまで出来なかったでしょうけどね」
 確かに、俺の推論がほとんど当たっていたからこそ、ここまで来たのかも知れない。
 力の制御が出来るならコモンスペルくらい出来るんじゃないかとはエレオノールの提案でもある。
 俺としてはエレオノールの発想もなければこうは行かなかったと思っていた。
「でも、ルイズがコモンスペルが使えるようになって良かったわ」
「ちい姉さま。ちい姉さまもわたしをいつも励ましてくれてありがとうございました」
「わたしにはそれくらいしか出来なかったもの。本当に、アレス君には感謝しないとね?」
 カトレアがそういうと俺を見て、微笑んだ。
 この人の笑顔はとても優しい。
 ルイズと同じ桃色の髪、だがとても優しい雰囲気はこのヴァリエール家では彼女の右に出るものはいないくらいだ。
 あと、その豊かな胸が凄いのだ。
 何度か抱きしめられた事があるが、こう何と言うか安心感が半端ない。
 もっともアイツも反応してしまい正直、毎回恥ずかしくて堪らなかった。
 あまり女性の胸を見るのは失礼に値するため最近では意識的に視線を逸らす努力をしている。
「はい! アレスには感謝しても仕切れません!」
 ルイズは俺を見てから、恥ずかしそうに言う。
「だから、その……。ちょっとお礼をしたいのだけど……」
 歯切れの悪いもの言いをしながら、二人の姉をちらりと見る。
 エレオノールはともかく、カトレアはすぐに分かったらしい。
 すっと立ち上がると、エレオノールの肩に手を置いて、この場を去ろうというしぐさをする。
 エレオノールはそれの意味にやや驚いたようにして、ルイズを見ると、珍しく優しい眼差しで彼女を見てカトレアと共に庭を去っていった。
 二人が屋敷の中に入ったの確かめると、俺と後一歩と言うところまで近づいて来た。
「ア、アレス……。その、目を閉じていてもらえる?」
 女の子がこういうと、することはだいたい分かる。
 とても勇気がいることだ。それを止めるのは無粋と言うもの。
「いいよ」
 俺は優しく微笑むと、すっと目を閉じた。
 少しの間が空くと、空気が揺れる。
 甘い香りが俺の鼻をくすぐるのと、唇にやわらかく温かい感触を感じた。
 三秒くらい、そうしていてその感触が離れる。
「もう、いいわ」
 その言葉に俺は目を開けると、目の前には顔を真っ赤にしたルイズがいた。
「感謝の気持ち。わたし、こんなことしか出来ないけど……」
「十分すぎるお礼だよ」
 俺はそういうと、ルイズを優しく引き寄せた。
 彼女はそれに逆らうこともなく、俺の胸に寄りかかるようにしてくる。
「ルイズが、コモンスペル使えるようになって本当に良かった」
「わたしも。もっと先だと思ってたけど、アレスのおかげでこんなに早くコモンスペルが使えるようになるなんて思わなかったわ」
 感動が波及する。
 俺自身も、彼女の爆発の原因を探るのが主だったが、いつの間にかルイズが魔法を使えるようにするということに変わっていた。
 そもそも“虚無”である可能性があると分かった時点で、爆発の原因の八割は突き止めたようなものだったのだが。
「ねえ、アレス」
 あ、ちなみルイズは俺をアレス様とは呼ばなくなった。
 それだけ親しい仲になったと言っておく。
「なんだい?」
「わたしが系統魔法が使えない原因って、何なのかな? 特別な力だって言われたけど」
「特別な力だよ。それ以上は、僕達もまだわからないんだ」
 俺はそう言って嘘をついた。
 本人は今、知るべきじゃない。
 “虚無”だということが知られればルイズが信用出来る人物に話してしまうかもしれない。
 ルイズが信用できても、また本当に話さないにしても、その会話を聞いている人物がいたら大変だからだ。
 水の秘薬に自白させるものもある。ルイズが誘拐されて、そんなものを使われたら?
 あまりに危険すぎるのだ。
 だが、俺の考えは甘かった。
「“虚無”なんでしょ?」
「!」
 俺は思わず、ルイズから離れてしまった。
 ルイズはやや寂しそうな顔を俺に向けている。
 そして、やっぱりと小声で言うと、こう続けた。
「どうして、隠すの?」
 悲愴な面持ちで俺を見る。
 どうする? 話すべきか? とりあえずは……。
「どうして、それを知ってるのかな?」
「わたしだって知りたかったの……。だからアレス達が話しているのを盗み聞きしたわ」
 うかつだった。
 ルイズは聡明だから、俺とエレオノールが話を盗み聞きするとは考えていなかった。
 人払いもしていたのもあるがサイレントは掛けずに、話していたのがまずかった。
 しかし知られた以上、誤魔化しは効かない。
 俺は正直に話すことにした。
「そうか。じゃあ、もう隠す必要はないね。ただ、これは僕の推論であってまだ確定したわけじゃないんだ。それはいい?」
 俺の言葉に頷く。
「話さなかったのは、危険だからだよ。例え、“虚無”でないにしろ何らかの力があるのは確かだしね。
 それにもし“虚無”だとして、それが誰かの耳に入るとルイズが危ないんだ。
 だから、教えなかった。ルイズも知らなければ情報は漏れないからね」
「わたしが誰かに話したりするから?」
「攫われて、水の秘薬を使った尋問でもされたら? 知らなければ答えずに済むけど、知っていれば知られてしまう。使い方も分からないのに、知られて実験でもされたらって思ったら怖かったんだ」
 まあ、それもあるが“虚無”なんて伝説の力、ルイズは知らなくていいと思ったのが一番だ。
 貴族の子として育って、結婚して、幸せになる。
 メイジとしては力不足だけど、コモンスペルが使えればメイジである証は示せる。
 平凡だけど、それでいいと思っていた。
 もっとも結婚相手は俺ってことになってるが。
「大きすぎる力は人を不幸にも幸福にも出来るんだ。でも、大概は自分の意図しないところで使用され、利用される。それで多くの人が不幸になったら、ルイズだって嫌でしょ?」
 俺の説明を聞いて、顔を青くしながら頷くルイズ。
 まだ、早かったか。
 でも、自分が“虚無”と言う自覚があるなら、尚更知っておかなければならない。
 願わくば俺のただの推論であって欲しいが、コモンスペルまで使えるとなるともう現実味がかなり帯びている。
「わたし、そんなことまで考えなかった」
 青い顔をしたまま、ルイズが言う。
 怖いのだろう。自分の力が。
 良く見ると、小さく震えているのだ。
 俺は何も言わずに彼女を抱きしめる。
 細い。力をこめたら壊れてしまいそうな体を俺は優しく抱きしめた。
「知ったなら、強くならないとね? ルイズの心が強ければ力を間違った方に使わないよ」
 俺の世界はそうではなかった。
 間違った使い方がほとんどだ。だから小さい戦争がいつまでも続く。
 ルイズは俺の言葉に、力強く頷くのだった。
 数日後。
 珍しく、ヴァリエール公爵が俺の家に訪ねてきていた。
 確か、このところ宮廷での会議が多く、家を開けていたはずだ。
 俺は挨拶をそこそこに済ませると、庭で、新しい魔法の開発をしていた。
 開発している魔法は、コモンスペルである。
 厳密にはコモンスペルを更に向上させて、戦闘に特化したものにするためだ。
 平和な日本で暮らしていた頃とは違う。
 十四になった俺は、度々小さい紛争地域へ鎮圧の任務などを受けていた。
 だからこそ、俺は新しい技術の開発に力を入れていたのである。
「さて、始めますか」
 俺はそういうと、ゴーレムを数体、錬金で出して訓練をする。
 普通、ゴーレムはこちらの意志で動かすのだが、半自動で動くようにゴーレムだ。
 いわゆる自動追尾に近い。そして攻撃範囲内になったら攻撃を仕掛けてくるようにしてある。
 ターゲットは当然、俺自身だ。
 新しい魔法の開発の第一弾の試験運用である。
 ゴーレムをスタートさせると、一気に俺へ詰め寄ってきた。
 俺はそのゴーレムを避けながら、魔法を唱えた。
「ライト・ブリッド」
 コモンスペルだ。
 ライトの進化版。熱量と魔力による外殻強度を持たせたライトだ。
 大きさは成人男性の頭ほど。
 それと念力を応用して自由に動かすことが出来る。
 魔力の込め方次第で、強度も硬く出来て、鉄板くらいなら貫けるし、精神力さえ持てば誘導性もあるのだ。
 今のところ、ライト・ブリッドを三つ同時に展開することが出来る。
「行け!」
 俺はそのライト・ブリッドを三つ同時にゴーレムへ向けて放った。
 実は、動いている相手に使用するのは初めてである。
 まずは一体、ゴーレムを貫いた。
 胴体を貫かれたゴーレムはそのまま崩れてなくなる。
 続いてもう一体だが、済んでのところで避けられてしまった。
 そのまま、三個のライト・ブリッドへの集中を途切らせないまま、ゴーレムの攻撃を受け止め、避けて、ライト・ブリッドで貫いてく。
 だいたい五分くらいして、自分で練成したゴーレムを全て崩した。
 まだ、集中が甘い。戦闘においてのライト・ブリッドの三個同時制御は厳しいと認識する。
「見事なものだな」
 俺はその声を聞いて、振り返る。
 振り返った先には父さんとヴァリエール公爵が、一階のバルコニーから俺を見ていたのだ。
 集中しすぎていて見られていたことに気が付かなかった。
 俺は呼吸を整えながら、二人が居る場所へと行く。
「見事な動きだった、アレス。ところで今の魔法は何なのだ? あんなものは見たこと無いぞ」
 そういうのはヴァリエール公爵だ。
 確かに、あれは俺が開発中の新魔法なのだ。知るわけが無い。
「あれは開発中のコモンスペルです」
「話には聞いていたが、本当だったのだな」
「アレスはどうも新魔法などの研究が好きなようで、こうして暇を見つけてはいろいろと試しているようですな」
 父さんの言葉に、興味深そうに俺を見る。
「して、さっきの魔法は何と言う?」
「ライト・ブリッドといいます。明かりを灯すライトに、熱量、外殻強度を持たせて、念力の原理で飛ばしています。以前、ライトと念力の組み合わせで動くライトを作って遊んでいたのでその応用で攻撃用に転用出来ないかと」
「ほう! その発想は見事だな。そもそもコモンスペルを組み合わせる発想は今までなかったな」
「ありがとうございます」
 俺はそう言って一礼する。
「この発想の豊かさ、また戦闘能力。やはりアレスが適任かもしれんな」
 ヴァリエール公爵がそういうと、父さんも頷いた。
「何をですか?」
「私から話します。アレス、実は今、アルビオンの方で良くない噂を聞いているのは話したな?」
「はい。何でも、聖地を取り戻すための組織を作っているとか」
 俺も政治に少しずつ関わるようになっていたから、父さんからその話を聞いたのだ。
 エルフに奪われし、聖地を奪還しようと呼びかける人間がいるらしいのだ。
 ただ、わずかに賛同する人がいるくらいで、ほとんどの人間がそれに耳を貸そうとはしていない。
 夢物語もいいところだと。
「最近、その話にもう一つ厄介な話があるのだ」
「厄介な話?」
「共和制を敷こうという動きがあるらしい。貴族同士がそれぞれ平等に発言を持ち、その話し合いの中で国を動かすと」
 民主主義的な発想が生まれてきたのか。
 ここから平民にも波及すれば、ハルケギニアも民衆主導になっていくかもしれない。
 これは、なかなか面白いな。
 だが、二人はあまりいい顔をしていない。
「共和制、それ自体はいいことなのではないのですか?」
 それだけならわざわざ俺に話は来ないだろう。
「まあ、それ自体は悪いとは思わん。だが、先程の聖地を取り戻すと叫んでいる輩も、その共和制とやらに乗り気らしい。そして、王国を倒そうという動きがあると」
「反乱ですか?」
「まだ噂の域を出ていないがな。それで、アルビオン王国も最近それに過剰な反応が出ていて、いくつかの不穏な動きを見せる貴族を警戒しているらしい。それもあって王国に反発を示す貴族も徐々に出てきている」
「つまり、アルビオンの情勢を探って来い。そう仰られる訳ですね?」
 俺がそういうと父さんは頷いた。
「こんな噂程度のことで、それに外国の内政に関わることでもある。一々国に進言することは叶わぬのだ。だから実力もあり、信用に足る君に頼みたい」
 そういうとヴァリエール公爵は俺に頭を下げたのだ。
 ヴァリエール侯爵が頭を下げるなんて、ただ事ではない。
 冷静に考える必要はあるが、まあアルビオンに渡ってみるのもいい。
「公爵様、頭をお挙げ下さい。私で良ければ、その任務お引き受けしましょう。父上」
「うむ。ヴァリエール殿、この一件。ヴァルガード家、全面的に協力させて頂きますぞ」
「すまん。だが、私も頼む以上、何もしないわけには行かぬ。部下を二名ほど、アレスにつけよう」
「ありがとうございます」
 俺と父さんはそう言って頭を下げた。
 俺はこのとき、この世界にも民主化の流れが徐々に起きるのだろうと漠然と考えていた。
 しかし、後に、この出来事がアルビオン一国の問題だけに留まらずハルケギニア全土に波及するとは考えもしなかった。