死の先に待っていた新たな世界
第29話


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 エレオノールの突然の訪問のやや戸惑いつつも、俺は備え付けの椅子を勧める。
 椅子に座ると、エレオノールは口を開いた。
「最後にわたしに会いに来たのはいつだったかしら?」
「アルビオンへ出兵前だったので、一ヶ月半くらいだったかと」
「そう。アルビオンに行っている間ならともかく、帰って来たときくらいあいさつなさい」
 ややふて腐れたように言う。
 俺も立ち寄ろうかとは思いつつも研究の邪魔になる可能性もあるし、少なくともルイズを待たせていた状態では会いには行けなかった。
 とは言え、そんな言い訳はエレオノールには通用しないのだ。
「すみません。以後、気をつけます」
 そう謝ると、まあいいでしょうと言う具合に頷く。
 素直が一番なのだ。
「ところで、あなたの肩に乗っているフェアリーは?」
「ああ、僕の使い魔ですよ」
「ノルンって言うわ。よろしくね」
「このわたしに対して気楽に話すなんて生意気ね。でも、いいわ。アレスの使い魔なら特別に許してあげるわ」
「あ、ありがとうございます」
 エレオノールのやや高圧的な態度に引きつるノルン。
「今日はどうしてここに?」
 俺はエレオノールが来た理由を尋ねる。
 エレオノールは基本的に研究をしているのだ。
 その集中力も凄まじく、一度研究に打ち込むと声を掛けるのさえ憚られる。
 つまり、用事でもないと俺のところに来ることはないのだ。
「お父様が、いらしたの。明日、あなたを交えた会議をなさるってね。
 あなた、非魔法研究開発機構なんて立ち上げるんですって?」
「そうです。魔法は素晴らしいですが、平民がメイジに頼りっきりと言うのは成長がありません。
 また、戦争は数です。
 ならば、より強力な武器が今後必要になるはずです。
 メイジより、平民の方が人口が多いのは既知の通り。
 平民の兵士に強力な武器を持たせればそれだけ戦への勝率は高くなりますから」
「相変わらず、生意気ね。でも、わたしが認めただけの事はあるわ。
 その機関。このわたしもメンバーに入れなさい」
 エレオノールは突然の言葉に俺は少し驚いた。
 彼女は結構、気位が高い。
 プライドが高いのだ。平民への考えも、どちらかと言えば見下した感が今まではあったのだ。
 それなのに、俺のやることを手伝うとは。
「姉さんは、どうして参加をしたいと?」
「あなたがやることが面白いからよ。
 平民云々と言うのは正直なところ、気に食わないわ。
 でも、昔から平民と貴族の隔たりに関して、あなたは面白い考えをいつも持っていた。
 だから、見てみたいのよ。
 あなたがどんな事をしようとしているのかを、ね」
 挑戦的な笑みを浮かべて、俺を見る。
 これは意外だ。
 まあ、俺もエレオノールから多少は認められていることは知っていた。
 とは言え、こうまで買ってくれていたとは。
「平民が使うのを前提にしていますから、意見を聞くのに平民の人を何人か入れる予定です。
 そう言ったものを理解していただければ、ぜひともお願いします。
 特に、土メイジの姉さんの力が借りられるとなれば、研究も進みが早いでしょうから」
「平民ね……。まあ、いいわ。
 あなたのやることだもの、きっと面白いに違いないわね」
「面白いかどうかは、分かりませんが」
 研究と言う意味では、エレオノールはいい腕をしている。
 その彼女が、楽しめるなら研究は飛躍的に進むんじゃないだろうか?
 まあ、場所も決まっていないが、そんな気がする。
「研究と言えば、ここに来た理由は他にもあるのよ」
「そうなですか?」
 他の理由と言うと何だろうか?
 研究と言うと、依頼していた転移系の魔法だ。
 まさか、もう出来たとは言わないだろうとは思うのだが……。
「前に、あなたから挑戦を受けた転移魔法のことよ」
「何か進展ありましたか? 僕はどうも忙しくてなかなか手が回らなくて」
「挑戦を叩きつけた割には、情けないわね……。
 進展ならあったわ。
 二点を結ぶ魔法の開発、出来てよ?」
「え?」
 今、何と言った?
 二点を結ぶ魔法の開発が?
「出来たと言うのよ」
「本当ですか!」
 これは驚いた。
 まだ、一ヶ月半かそのくらいしか時間が経ってないのだ。
 それなのにもう開発出来たなんて……。
「わたしを舐めないで貰いたいわね。
 それに、転移魔法はすでに研究がされていたのよ?
 あとは、あなたの仮説を元にさらに仮説を立てて実証したわ」
 エレオノールは杖を取り出す。
 まさか、ここで実演をしようと言うのか?
「いい? 良く見てなさい。
 あなたの家の前に繋げるから」
「本当に?」
 俺の疑問に、エレオノールは楽しそうに、そう心の底から楽しんでいる笑顔を浮かべる。
「我が名はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。
 五つの力を司るペンタゴン。
 我が内に眠る粒の力。万物を司る力を持って、二つの時、場所をここに繋げん。
 光の門、ここに開け!」
 小さい光が現れた。
 光の大きさは拳程だが、それが人の頭程に大きくなって維持される。
「覗いて御覧なさいな」
 エレオノールの言葉に俺は頷きつつ、中を覗く。
 すると確かに、ヴァルガード家の前だった。
 門が見えるのだから確かだろう。
「何かなくなってもいいものあるかしら? それを穴に入れてみなさい。」
「じゃあ、これで」
 俺は部屋の中にあった果物を一つ手に取ると光の門に手を入れる。
 それから掴んでいた果物を離すと、それは確かに俺の家の前を転がっていく。
「姉さん! これは凄いですよ!」
「当たり前じゃない」
 そうは言うが、嬉しそうだ。
 エレオノールは、魔法の維持を辞める。
 すると、俺の前にあった穴が一瞬にして消えた。
 とんでもないことだ。
 サイトを送還したくて依頼したが、これは驚異的な早さで開発されたと思う。
「どうやって、ここまで辿り着きました? それにさっき粒って」
「あなたの虚無研究の成果の賜物ね。
 あなたは虚無を小さい粒と言ったわ。
 その大元となる力の根源が自分達の中にあるのはあなたが提言した通りね。
 力の根源がわたし達の中にある。今まで使っていた魔法のイメージもそう変えてみたわ。そのおかげで魔法の使用効率は格段に上がったのよ。
 そのことから、コモンスペルはその力を直接引き出しているんじゃないかと踏んだの。
 何かしらの制限はかかるのでしょうけど、あなたが前に言ったとおり、コモンスペルは誰でも使えるわ。そして時空さえ超えるなら、その力の源は何なの? と言うことに気が付いたわけね。
 あとはその力は万物を構成すると仮定して、世界と世界はそう、粒で構成されているんじゃないのか?と仮説を立てたわ。
 なら、二つの場所をつなげる門を作るイメージを生み出して、その力を自分の中から引き出すことを考えたのよ。
 最後のヒントになったのが、サモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァント。この二つのコモンスペルだけは他のコモンスペルと違って、ペンタゴンを意識する。
 ペンタゴンは全ての系統をも意味するわ。つまり、コモンスペルがどの系統でも使えると言う証拠だと言えるわね。
 あとは本来なら失われていると言われている虚無もここに含まれる。
 それに気が付いて、ペンタゴンを意識しながら魔法を構築したってわけね。
 そうして開発出来た二つの場所を繋げるコモンスペルが、さっきのコモンスペル。コネクト・ゲートよ」
「コネクト・ゲート……」
 俺はエレオノールの話を聞いて鳥肌が立っていた。
 まさか、虚無の魔法の根源、小さい粒と言うのをヒントにこの魔法を開発してしまうなんて思わなかったからだ。
 それだけじゃない。
 コモンスペルが全ての系統に使えるのが、ペンタゴンにあると言うその考えも凄い。
 確かに、サモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントはペンタゴンの力を最大限に使う魔法だと言える。
 そこへの着眼点はさすがとしか言えなかった。
 恐らく、俺だったら本当に何年も掛かっていただろう。
 でも、エレオノールはやはり研究者。しかも天才の部類だ。
 彼女の知識、知恵、探究心が、こんな偉業を成し遂げてしまうとは。
「どうかしら?」
 自信たっぷりに聞いてくる。
「凄いです! さすがは姉さん! 天才としか思えません!」
 俺がそういうと、当たり前のことね!と胸を張る。
 だが、その顔を見ると分かった。
 とても嬉しそうなのだ。こんな笑顔のエレオノールを俺は見たことが無い。
 その笑顔がとても誇らしく思えた。
「マスター、これでサイトを故郷に帰して上げられるのね?」
「可能だと思うよ。姉さん、異世界にも繋げられるんだよね?」
 俺がそう聞くと、エレオノールは渋い顔をした。
 何か問題があるのだろうか?
「さっき、わたしはイメージすると言ったの覚えてるかしら?」
「ええ。二つの場所を結ぶイメージですよね?」
「そうよ。なら分かるんじゃないかしら?」
 二つの場所を結ぶイメージ……。
 あ、そうか。
 つまり、繋げたい場所のイメージが正しく出来ないとならないと言うわけか。
「姉さんは、その異世界が分からないからイメージ出来ないって言うわけですね?」
「そう言うことよ。もっと言うならイメージが出来ないなら不発に終わるのその魔法。
 あと欠点が一つあるわ」
「なんですか?」
「精神力が物凄い勢いで削ぎ取られるのよ」
 エレオノールの言葉に、初めて俺は彼女の額に汗が浮んでいるのが分かった。
 確かにこれから夏へと向かうのだ。
 少しくらい汗ばんでもおかしくない。だが、少なくとも今ここは汗ばむほどの気温じゃないのだ。
「今のわたしでは、あの大きさくらいの門を作るのが精一杯よ。
 これがどこだか知らない異世界となると、わたしじゃどうにもならないわ。
 さすがに行った事がない場所をイメージするのは無理よ」
「確かに、その通りですね……」
 そこまで言って、俺はある決意を固めた。
 ルイズ、アンリエッタは知っていること。
 ここまで協力してもらって、何も語らないのは卑怯だと思った。
「姉さん、もし僕が異世界の住民だと言ったらどうしますか?」
「何を言っているの?」
「僕は、アレスです。それは間違いありません。
 ですが、僕は生まれる前の記憶を持っているんです。
 そう、アレスとして生まれる以前、ルイズの使い魔であるサイト君と同じ世界に生きていた記憶が」
「そんなことある訳……」
 エレオノールは真意を確かめようと俺の目を見てきた。
 この風に目を見られるのは久しぶりだった。
 初めて見られたのは十歳の時。
 虚無についての考察を話した際に、向けられたのだ。
 嘘や狂言なら目を反らす。自身があるなら見続けると言う、無言の問いかけに最初は戸惑ったものだが、乗り越えた。
 そして、今回も。
「嘘はついていないのね? ルイズには話してあるの?」
「ええ。ルイズが使い魔を召還したときに話しました。
 正直、驚きましたよ。
 まさか、俺と同じ出身の人間が召還されるとは思いもしなかったんですから。
 で、サイト君とルイズの双方にお互いの状況を理解してもらうために話しました」
「そう……。でも、これでようやく合点いったわ。
 通りで、あなたが十歳の時にあれだけの仮説を語れたわけね。
 あなたのその発想は、異世界の発想。違うかしら?」
「その通りです」
「全く……。ますます勿体無いわね」
 そういうと、エレオノールは俺を物欲しそうに見る。
 自分のものにしたいと言う感じだ。
 だからだろうか?
 ノルンが、俺の目の前を飛んでいた。
 手を広げて、まるで渡さない!と言うように。
「ノルンと言ったわね? 何のつもり?」
「マスターは渡さないわ。ルイズは婚約者だから仕方ないけど……、でもそれ以外の人には渡さない」
「ふーん。そう言うこと。
 まさか使い魔が主に恋愛感情を持つなんてね……。
 アレス、やっぱりあなたは面白いわ」
「いや、その……」
 この事態に俺は少々たじたじだ。
 むしろ、この二人の間に割っては入れない。
 いや、何か余計なことを言うと自分の身が危険な気がしたのだ。
「ノルン、あなたはフェアリー。アレスと結ばれることはないわ」
「分かってる。でも、いいの。
 あたしはマスターと一緒に生きるんだから」
「ふ、二人とも落ち着いて?」
 俺がそう声を掛けると、二人がこちらを向く。
 目がとても怖い。
「アレスは黙ってなさい」
「これはあたしとお姉さんとの戦いなんだから」
 二人の威圧感に俺は黙っているしかなかった。
 その後、エレオノールとノルンが何故か俺の何を知っている合戦なぞ始めた。
 聞いてて俺は終始顔が火照った感じが続いていた。
 いや、前世ではこんな合戦されなかっただけに、嬉しいんだがとても微妙だった。
 俺にはルイズがいるからな……。
 ともかく、不毛な戦いは、二人の思いが本物という事でそこに友情が芽生えたのだ。
 そして、何故か俺は二人の愛人のような扱いを受けることになってしまったのだが、内容は省かせてもらう。
 エレオノールが帰ると、俺は一つ試して見たかった。
 そう、コネクト・ゲートだ。
 俺は杖を取り出して、構える。
「マスター? 何をするの?」
「コネクト・ゲートをちょっとな」
 イメージするのは前世の実家前だ。
 俺がなくなってすでに二十年。とっくに持ち主が変わっただろうと思われる実家をイメージする。
「我が名はアレス・ジルアス・ド・ヴァルガード。
 五つの力を司るペンタゴン。
 我が内に眠る粒の力。万物を司る力を持って、二つの時、場所をここに繋げん。
 光の門、ここに開け!」
 スペルを唱え終わり、杖を振るう。
 その時、俺の体の中心と言うのだろうか?
 例えるなら核かも知れない。
 そこから、自分の力が吸い上げられる感じを覚えた。
「っく!」
「マ、マスター?」
「話しかけないでくれ!」
 凄まじい精神力の吸い上げだ。
 下手に気を抜くと、意識ごと持っていかれそうな感覚である。
 そうして、俺の目の前に小さい光が現れる。
 その光は徐々に大きくなり、手のひらを広げたくらいの大きさになって安定する。
 どうやら、これが俺の限界らしい。
 その門の先に見えるのは、確かに俺が住んでいた家のあった場所だった。
 と、言うのも表札が変わっていてもう俺が居た形跡はない。
「と、とりあえず成功だ」
 そう言うと、俺は溜まらずコネクト・ゲートの維持を辞める。
 そして、椅子に落ちるように座った。
「マスター、大丈夫!」
「一応な。この魔法はとんでもない代物だぞ」
 堪ったものじゃない。
 恐ろしい精神力の吸い上げだった。
 それと、あのコネクト・ゲートの本質が分かった。
 コネクト・ゲートとは、自分を媒介に空間を結びつける魔法だ。
 自分が媒介になるから、精神力の吸い上げが凄まじいのだろう。
 しかも大きさが絶望的に小さい。
 あれじゃ、サイトを送還するには至らないじゃないか。
「ねえ、マスター」
「何だ?」
「あの門じゃ、サイト帰れないわよ?」
「分かってる。エレオノールも言っていたけど、これは相当精神力を使うんだ。
 体の中にある力が根こそぎなくなるかと思うくらいだしな」
「そんなに?」
 俺は頷いて答える。
 これは何か、対策を考えないとならない。
 コネクト・ゲートでサイトを地球に送るなら、最低でも直径一メートルの門を作らないと通れない。
 あれじゃ、せいぜい手を突っ込めるか否かでしかない。
 しかも、途中で精神力が切れでもしたら、恐らく体が切断されるぞ。
「これは俺自身がもっと精神力のコントロールになれないと厳しいな」
「手伝えることがあるなら言ってね?」
「ああ、その時は頼むよ」
 このコネクト・ゲートを使いこなせるようになれば、サイトを返せる。
 随分と早いが、サイトに良い知らせが届けられるなと思った。