死の先に待っていた新たな世界
第28話


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 翌日、俺はオールドオスマン氏に公務で休むことを伝えて、王都へと向かった。
 学園を出る時、ルイズに見送られたが、その時の表情が何とも切ない。
 支えになると言ったものの、王都へは俺しかいけないのだから側にいて俺の力になれないことに悔しい思いをしていたようだった。
 サイトは、留守の間は任せろと頼もしい返事をくれた。
 サイトを見ていると、ルイズを支えるのは本当は俺よりサイトの方が良かったんじゃないかとたまに思う。
 そもそも使い魔だし、サイトとルイズが結ばれるならサイトも無理に戻らなくても良くなる。
 まあ、”もし”なんて事はいくらでも想像出来てしまうが結局現実と言うのは変わらないのだ。
 王都には昼過ぎくらいについた。
 前に呼び出された時は夜になってしまったが、今回は昼間のうちである。
 昼間だと、賑やかでいいものだ。
 城まで来ると門番の兵に名前を継げた。
「アレス・ジルアス・ド・ヴァルガードです」
「お話は聞いております。どうぞ、お入り下さい」
 すんなりと通されると、俺は案内の者に応接室の一室に通される。
 中は中央にテーブルがあり、両サイドにソファーがあった。
 テーブルはメイジが作ったのか職人がつくったのかは分からないが、細かい装飾が彫られていた。
 壁には絵画、窓からは街が一望出来る。
 棚には置物が数点置かれていて、あとは時計が飾られていた。
 俺はソファーに座って待つことにした。
「豪華な部屋ね」
 ノルンが部屋を見回しながら言う。
 壁に飾られる絵画もいいだし、棚においてある置物も下手をすれば平民が二、三年は楽に暮らせるだけの価値がありそうだった。
「王宮だからな。質素じゃ話しにならないだろう」
 俺もノルンと同じく部屋を見回しながら言う。
 さすがは王族、俺の実家とは比べ物にならない。
 俺の実家もそこらの貴族よりは十分いいが、ここには負ける。
「そう言えばフェアリーの暮らしってどんなんだ?」
「フェアリーは、木の上に家を建てたりしてそこで暮らすの。
 家って言っても人間からしたら箱に見えるかも知れないけど。
 基本的な生活は人に近いわね」
「そうか。フェアリーの生活は自然の中だからどんなんだろうと思ってたけど」
「自然の中だから、家だって木よ。金属はほとんど使わないもの」
 それはそうかも知れないな。
 精霊も使えるし、金属を使わないとならない場面は少なそうだ。
「マスターが、フェアリーなら迷わず家族に紹介できるのに」
「おいおい……。好かれるのは嬉しいんだが、俺なんかでいいのか?」
「マスターみたいなタイプってなかなかいないのよ?
 ホントならあたしの心を虜にした責任とって貰わないといけないんだから、ね?」
「あはははは……」
 俺はノルンの言葉に乾いた笑いしか出来なかった。
 丁度、そのタイミングで部屋のドアが開いた。
 入ってきたのは当然、アンリエッタである。
 だが、入ってきたのはアンリエッタだけだ。
 俺はソファーから立ち上がると、一礼をする。
「殿下、一人だけかな?」
「ええ。二人だけだから普通にしてもらっていいから」
「分かった。まずはおめでとうなのかな?」
 女王になったわけではないが、彼女自身がそうすると言っている。
 だから、お祝いの言葉を言ったのだが、アンリエッタの表情は硬かった。
「嬉しく無さそうだな?」
「嬉しくないわよ。王位なんて継ぎたくないもの、仕事は増えるし、遊べなくなるし」
「おいおい、愚痴はなってから言ってくれって。
 で、俺が呼ばれた理由は?」
「そうね、それを話さないと」
 アンリエッタがまずは座りましょといいソファーに座る。
 俺も彼女の向う形で座った。
「これを見てもらいたいの」
 そういうとアンリエッタは一通の手紙を俺に見せる。
 どうやらウェールズからの手紙らしい。
 内容を読んで行くと、ある文面に俺は思わず声を上げてしまった。
「馬鹿な! この時期にだと!」
「それがアレスを呼んだ理由。そして、わたしが王位を継がないとならなくなる理由よ」
 アンリエッタを見ると、その表情はとても硬かった。
 気が付いていなかったが、目の下に薄っすらと隈が出来ているじゃないか。
 だが、それも頷けた。
 向こうから送られてきた手紙の内容は同盟の破棄であったからだ。
「向こうはレコン・キスタと協議中のはず。
 その上でこの通知が来るとなると、裏にレコン・キスタが関わっているとしか思えない。
 そして、これがウェールズからの手紙となると……」
「ええ……。ウェールズ様が向こうの手の内に落ちたと考えるべきでしょうね」
 明らかな疲れがあった。
 マザリーニ枢機卿がいるとは言え、十七歳の少女が抱えるには重過ぎる内容だ。
 だが、それなら王位を継ぐのは尚更、重荷になると思う。
「王位を継ぐ理由も、これによると言ったね?」
「ええ」
「それはつまり、アルビオンとの戦争を意識して対等な交渉をするためと考えていいか?」
「それで間違ってないわ」
 あくまで淡々とした返答である。
 余程、参っていると言うのが分かった。
 手紙をテーブルに置くと、ある事を思い出す。
 俺たちがトリスティンに戻って来てすぐの出来事だ。
「しかし、そうなると以前アンリエッタの手紙が返されたわけが合点行くな」
「どういうこと?」
「ウェールズは向こうと協議を始めるに当たって、トリスティンとの外交問題になるものを出来るだけ消しておこうと思ったんだろうな」
 アルビオンはレコン・キスタとの停戦協定を結ぶことが出来ている。
 かなり向こうに配慮した形で、だ。
 レコン・キスタ、とりわけ旧パブリック・ユニオン派の人間はアルビオンの出した条件で納得行っているはず。
 だが、あくまで聖地奪還を掲げる旧レコン・キスタ派は面白くない。
 内部の力関係までは知らないが、もし旧パブリック・ユニオン派の立場が弱いなら旧レコン・キスタ派に取り込まれていてもおかしくはないだろう。
 表向きは旧パブリック・ユニオン派としての立場で話を進めておく。
 だが、生地奪還を掲げる以上、アルビオンは取り込むつもりのはずだ。
 戦力差はレコン・キスタの方が上である。
 だが、アルビオンとトリスティンが同盟を続けている状態では、レコン・キスタにとっては脅威だ。
 二国間での同盟を破棄させ、停戦協定を無視した攻撃でアルビオンを落とせば、アルビオン王国を丸ごと手に入れられる。
 と考えたらどうだろうか?
 アルビオンを手に入れれば、トリスティンを落とすのもそう難しくは無い。
 ここで、もし例の手紙があればアンリエッタの立場が悪くなる。
 トリスティンが他の国へ援護を要請する場合、手紙のことが公になれば外交問題に成りかねない。
 だからこそ、ウェールズは手紙を返したのではと俺は考えるのだ。
 手紙の内容はアンリエッタからの恋文なのだ。
 本来なら手放したくない代物だからこそ返さざるを得なかった、と。
「そこまでウェールズ様が考えていると?」
「同盟の破棄がいい例だな。
 レコン・キスタの戦力は四万はある。アルビオンはおおよそ一万弱だ。
 まともにやり合えば、アルビオンに勝ち目は無い。
 たぶん、ウェールズは瀬戸際外交を迫られたに違いない」
 向こうの強硬な態度に、引かざるを得なかったんだろう。
 苦渋の決断だったと思われる。
「考えが甘かったな……」
「どういうこと?」
「こういう言い方はしたくないんだが、全軍を持ってレコン・キスタを落とすべきだったのかも知れないと言うことさ。
 今のままじゃ、アルビオンがレコン・キスタに落とされるのも時間の問題だ」
「ウェールズ様は、どうなるの?」
「ウェールズは、良くて幽閉。悪くて……」
 死刑とまでは言えなかった。
「そんな……」
 言いたい事が分かったのか、アンリエッタは口元を押さえて愕然としたように言う。
「まだ、そうと決まったわけじゃない」
 とは言え、状況は悪い。
 国内のレコン・キスタのあぶり出しも出来ていないんだ。 
 国内のレコン・キスタがどんな行動に出るか、戦争中に裏切られでもしたら相当にきつい。
 のんびりと学生生活なんてやっている場合じゃないぞ。
 どうして、全軍をあげて徹底的に叩きつぶす方を考えなかったんだ。
 自分の甘さに腹が立つ。
「マザリーニ枢機卿、ヴァリエール公爵、後父さんを呼んで対策を立てたいとこだな」
「何とかなるの?」
「分からない。後手に回ればトリスティン存亡の危機にもなりかねないのは確かだ」
 まだレコン・キスタもアルビオンに手を掛けはしないだろう。
 だが、今の状況じゃいつ戦争になるか分からない。
 数ヶ月先か、一年先か……。上手く行けば数年先かも知れない。
 あまり楽観は出来ない以上、今のうちに国内の戦力を整えておく必要がある。
 四年前からトリスティンの軍事を強化を進言したとは言え、現在の総兵力はせいぜい五万がいいとこだ。
 空軍も昔に比べればはるかにいいが、アルビオンは優秀な空軍を抱えているんだ。
 まともにやり合えばこちらが負ける。
 出来る事といえば、あまり訓練されていないものでも扱える兵器の開発。
 戦争は数だ。
 多少の訓練時間で、戦える兵を増やしておく必要がある。
 精鋭は今の五万の兵だが、この兵は出来るだけ温存だ。
 戦力はあともう五万を急造で兵を教育する。
 訓練した兵だけで戦える戦術の構築と、戦略を打ち出す必要はある。
 メイジをいかに非メイジ兵力だけで倒すかだ。
 あとは国内のレコン・キスタをあぶり出して情報を引き出すなどだな。
 ……。
 くそが……。
 全く、戦争が関わると碌な考えが浮ばない。
「ねえ、マスター。
 戦わない方法ってないの?」
 今まで黙っていたノルンが尋ねて来る。
「戦わない方法か……」
 あるだろうか?
 レコン・キスタは聖地奪還を掲げている。
 となればハルケギニア全土の統一は絶対だ。
 本当に聖地を奪還したら、それこそ権威は大きくなる。
 そんなやつらと戦争を回避する方法。
 無いことはないな。
 こうなればレコン・キスタに敢えて取り込まれてみるか。
 アルビオン、トリスティンが全面的にレコン・キスタを支持する。
 あとはレコン・キスタ内部に入り込んで本家、レコン・キスタの連中を内部からたたき出す。
 聖地を奪還失敗した場合のリスクを考えれば、聖地奪還よりハルケギニア統一だけに絞った方が建設的に思えるはずだ。
 あとはレコン・キスタの実権をウェールズ、アンリエッタで握ってしまう。
 ここに新国家が誕生させてしまえばいい。
 それが出来れば、ウェールズとアンリエッタが共に王と王妃になり、さらに二人の恋愛も成就出来るんじゃないか?
 ついで、共和制も引いてしまおう。
 共和制を引くことで、旧パブリック・ユニオン派の人間は引き抜けるはずだ。
「マスター?」
「アレス、何か思いついたの?」
 俺が黙っていると二人が、俺の顔を覗き込むように訪ねてきた。
 そこで、俺は二人に今考えたことを話してみた。
 当然、アンリエッタはあまりの話に開いた口が塞がらないと言う感じである。
 何せ、トリスティン、アルビオン両家を潰すにも等しいからだ。
 血は続くからいいが、国としては二人の代で終わることになる。
 さすがに、これは抵抗があると思うのだが、アンリエッタの口元に笑顔が浮かぶ。
「その案、いいわね。面白いわ。
 一国の女王になるものにとってはあるまじき考えだけど、ウェールズ様とも結ばれてレコン・キスタも一掃できるならいい考えだと思うわ」
「まさか、俺の考えに乗る気か?」
「あら? 何も考えなしに言ったわけではないのでしょう?
 あなたはもう頭の中でそれが実現可能な方法を考え付いている。
 違うかしら?」
「マスターだと、頭の中ですでに出来てそうね」
「参ったな……。
 確かに、そういうことは考えているんだ。
 上手く行くかは正直、神のみぞ知ると言ったところだぞ?」
 アンリエッタは、俺の言葉を聞いても引かないらしい。
 表情に不安が少ない。
 それを証拠に、彼女からの口から出た言葉はある意味で予想通り、ある意味で予想外なことだった。
「あなたがやると言うなら、わたしは付き合うわ」
「あたしも、マスターの手伝い頑張るから」
 こうして、俺のとんでもない案がアンリエッタによって採用されることになってしまった。
 言うまでも無いが、その後、この提案はトリスティン国内に波紋を呼ぶことになる。
 アンリエッタとの会談が終わって、俺は用意された部屋に来ていた。
 明日以降、マザリーニ枢機卿を含めて大きく議論を交わされることになる。
「俺の存在ってこの世界にプラスなのか、はたまたマイナスなのやら」
「どうしたの? マスター」
 頭の上に乗っているノルンが、肩まで降りてくる。
 ノルンはたまに俺の頭に乗るのだが、眺めがいいらしい。
 今は、その話は置いておこう。
「俺の存在が、アンリエッタをウェールズをとんでもない方へと導いてはいないかってね。
 特に、アンリエッタは俺の考えにすっかり毒された気がするんだ」
「マスター、自分で自分の考えに毒されるって……」
「事実なんだから仕方ない」
 そうさ。
 アンリエッタは俺の考えに乗るような子じゃなかったはずだ。
 少なくともあんな大胆な案に乗ることは無かったはず。
 それなのに、俺が今までしたことに慣れてしまったのか、アンリエッタもすっかり俺側の考えになりつつある気がする。
 悪いとは言わないが、俺はあくまで提案をするだけだ。
 実行もするにはするがな。
「マスター、何が一番いい考えなのかなんて誰にも分からないじゃない」
「確かに、そうなんだが……。まあ提案してしまった以上、俺はやるしかないしな」
「そうよ。今更グジグジ言っても仕方ないじゃない」
「そうだな」
 いつものことだが、どうも考えすぎてしまう。
 もう動き出しているんだ。
 後はその流れをコントロールするだけ。
「あれ? マスター誰か来るわよ?」
 空気の流れの変化なのか、ノルンが俺に告げる。
 時間は、夕方だ。
 アンリエッタでも来るのか?
 そう思っていると、ドアがやや強い調子で叩かれた。
 アンリエッタでは無い様である。
「どうぞ、鍵は開いてますよ」
 俺の声に、ドアが開けられた。
 外から入ってきたのは、金髪の長身な一人の女性。
 気品ある身なりに、高圧的な雰囲気の女性だ。
「アレス、久しぶりね」
「姉さん?」
 ヴァリエール公爵家、長女エレオノール。
 彼女が俺の目の前で腕を組みながら見下ろしていた。