死の先に待っていた新たな世界
第24話


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 家計が苦しいと、子供は苦労する。
 俺も前世で小さい頃、父親の会社が倒産したときに一時的に大変だった事があった。
 それは貴族も同じで、必死に営業活動をする貴族の子供もいるのである。
 ド・モンモランシ家は水のメイジとして、水の精霊との盟約に一役買っていた大貴族だった。
 しかし、近年は精霊を怒らせて、領地の干拓に失敗。
 とても経営が苦しいらしい。
 そんな貴族の家に生まれたモンモランシーはやはり苦労を重ねる学生だった。
 
 モンモランシーは今、俺の部屋に来ている。
 別に俺に会いたかったわけではない。
「アレスになら安くしておくから! ねえ、買わない?」
「モンモランシーは逞しいよね」
 営業活動のため訪問してきていたのだ。
 売ろうとしているのは、香水である。
 二つ名が「香水」と付くほど、香水生産の名手だ。
「で、どうなのかしら?」
 俺の机に置いた数種の香水。
 何でも、男性の用の香水で女性にさわやかな印象を与えられるらしい。
 清潔感を漂わせるミントの香りと、女性を惹き付けるホルモンが少々。
 これであなたも想いの彼女を虜にします!
 そんなキャッチフレーズが出てきそうな香水なのだ。
「まあ、いつも協力はしてるからね。一つもらうよ。
 いくらかな?」
「材料費や研究費を考えると、五エキューくらいね。
 でも、アレスはお得意様だから、三エキューにまけとくわ!」
「うん、それじゃ一つ。はい、三エキュー」
 俺は自分の財布から金貨三枚出すと、モンモランシーに渡してあげた。
 三エキュー受け取ったモンモランシーは嬉しそうに自分の財布に入れる。
「ホント、助かるわ。今月もピンチだったから」
「あはは……。苦労するよね、モンモランシーは」
「まあ、仕方ないわ……。実家は頼りにならないし、自分の生活費は自分でしっかり稼がなきゃ!」
 逞しいことこの上ないな。
 事情が事情だけに尚更、逞しく思える。
「それじゃ、またお願いね」
 モンモランシーはそう言うと上機嫌で、俺の部屋を出て行く。
「マスター」
「ん?」
「その香水、どうするの?」
「ああ、これね」
 そういうと俺は香水を手に取ると、早速使ってみる。
 自分の首辺りに少しと、手首辺りか。
「使うんだ?」
「使わなきゃ勿体無いって。それに、まけてもらう代わりにいつも使用感をレポートすることになってるんだ」
 いつからこうなったのか、俺も忘れたのだが、俺はモンモランシーから買う香水の使用感と効果をレポートしていた。
 確か、初めてまけてもらった時の条件だったような……。
「お得様も大変なのね」
「……。俺、実は損してるのか?」
「人助けならいいんじゃないかしら?」
 少しだけ、自分がお人よしなような……。
 いや、この世界に産み落とされてからずっとお人よしになっているのかも知れない。
 まあ、それはいいか。
「さて、ルイズのところにでも行くかな」
「あたしも行くわね。……!」
 ノルンが俺の肩に乗ると、なぜか慌てて離れた。
 少し赤い顔をしている。
「どうした?」
「あ、あたし、やっぱりいい」
「? どうしたんだよ?」
「そ、その香水なんだけど、あたしには強すぎるから……」
 そういうと、ノルンは赤い顔をしたまま、自分の寝床に入ってしまった。 
 そんなにこの香水の効き目があるのだろうか?
「マ、マスター。一応、言っておくけど、あ、あまりルイズ以外の女の子に近づかない方がいいから。……っ」
 寝床に入ったままノルンはそう言ってきた。
 しかし、どうも様子がおかしい。
「ノルンは大丈夫なのか? 何か苦しそうだぞ」
「だ、大丈夫だから。早く、ルイズのところに行って」
「……。わかったよ」
 俺はそういうと部屋から出る。
 ノルンのあの様子……。まさかとは思うが香水に入っている女の子を惹き付ける成分と言うのは媚薬じゃないだろうな?
 俺は一抹の不安を抱えながら、廊下を歩くのだった。
 
 女子寮の方に来ると、すれ違う女の子がだいたい一回は立ち止まって俺を見る。
 中には後ろから付いてくる女の子もいるじゃないか。
 俺が声を掛けると、なんでもないと言って逃げては行くが。
 モンモランシー、注意事項があるならちゃんと言っておいてくれないと困るぞ。
 何とか無事にルイズの部屋まで来ると、軽くノックをする。
「誰?」
「アレスだよ」
「鍵は掛かってないから入って」
「それじゃ、お邪魔するよ」
 そう言って、俺はドアを開けて中に入った。
 中にはルイズしかいない。
「サイト君は?」
「厨房の手伝いに行ってるわ」
「ああ、そうか」
 以前、シエスタの身代わりに学生と決闘した時に気に入られたらしい。
 こっちに戻ってきてからもシエスタに厨房に来て欲しいといわれて行っていると前に聞いた。
 ほとんど、マルトーさんの話し相手がほとんどだが、サイトも結構厨房を気に入っているらしい。
 最近だと、サイト自身がマルトーさんの手伝いで皿洗いをしているそうだ。
「ルイズは、薬の研究中だった?」
「ええ。でも、丁度詰まってたから良かったわ。
 アレスにも意見を聞きたいの」
「どんな薬だい?」
 そう言って俺は備え付けの椅子を持って、ルイズの隣に座る。
 俺が隣に来ると、ルイズが息を呑んで、急に顔を赤くした。
「ア、アレス。何の香水をつけてるの?」
「え? モンモランシーから買った香水だけど?」
「モンモランシーからって……。まさか、あれをアレスに買わせたの?」
「ど、どうしたのさ。それにあれって?」
 ルイズの反応を見ると、いよいよ俺が使った香水が普通じゃないことに確信をする。
 しかもルイズの顔は赤いまま、上気した感じなのだ。
「そ、その香水、モンモランシーが遊び半分で作った香水よ。
 わたしの記憶が間違ってなかったら……魅惑の香水」
 ルイズは顔を赤くしたまま説明を始める。
 何でも、この香水は本来女性が男性を惹き付けるために作ろうとした香水だったらしい。
 まあ、それでギーシュを完全に落としたかったらしいが。
 それはともかく製造過程の手違いで失敗。
 でも、捨てるのも勿体無いため、調合を変えて媚薬もどきを作ったつもりらしい。
 しかし、これまた不幸にも製造過程でモンモランシーの目の前に虫が現れて……分量が狂ったという。
 そこでまたもや捨てるのも勿体無いため、まあいいやと言う感じに完成させたのが、俺に売った香水だそうだ。
 ちなみに、面白半分で媚薬を作ろうと言い出したのはルイズらしくて、こういうタイミングで持ち込まれるとは思わなかったという。
「モンモランシー、今月ピンチだからってなんてものを……。ん? それじゃこれって禁制……むぐっ」
 突然、ルイズによって口が塞がれてしまった。
「聞かれたらまずいから、アレス、黙っててくれない? ねえ、いいでしょ?」
 媚薬の効果なのか、妙に色っぽい雰囲気で俺を説得してくるルイズ。
 しかし、ルイズもなんてものを提案するんだ。
 俺がとりあえず頷くと、手を離してくれる。
「好奇心が旺盛なのはいいけど、こういうのは駄目だよ?」
「わ、わかったわ」
「それより、効き目っていつ切れるんだい?」
「ごめんなさい。わたしは分からないわ」
「は?」
「分量が狂ったって言ったでしょ? 最初の計算だとせいぜい二、三時間程度だったんだけど……。あれだと……」
 何か俺はとんでもないことを聞いたような気がした。
 下手に女の子に近づくとよろしくないことになるってことじゃないか。
 参った……。
 まあ、自分の部屋にいればとりあえずは、問題ないか。
「じゃあ、今日は大人しく部屋にいることにするよ」
 そう言って立ち上がると、マントを引っ張られる。
 振り向くと上気した顔のルイズが、俺を潤んだ目で見ていた。
「こ、このままの状態で行かれると、わたし切なくて辛いわ……」
「……え?」
「ねえ、お願い……」
 ルイズは立ち上がって俺に抱きついてきた。
 それから魔法でカーテンを閉めて、ドアにロックを掛ける。
「ル、ルイズ?」
「このままじゃ辛いの」
 俺はそのままベッドに押し倒されてしまった。
 ルイズの部屋を出た俺は、正直、精も根も種も尽きていた。
 冗談じゃない。
 ルイズがあそこまで乱れるなんて、俺だって思わなかった。
 ノルンがわたしには強すぎるって言っていたけど、ノルンだけじゃない。
 これは女性全般に対して危険すぎる。
「あら? アレスじゃない」
「キュ、キュルケ……。頼むから、今は僕に近づかないで」
「なによー つれないわねー」
 しまった。キュルケにこの言い方は逆効果だった。
 キュルケは面白そうと言わんばかりに俺に近づいてきて、ピタリと止まった。
 やはり顔が真っ赤になる。
「ア、レス? あなた何をつけてるの?」
「ご、ごめん。答えられないんだ。とにかく僕から少しでも離れて、危険だから」
「……。ねえ、この前は何もしてくれなかったけど、今日くらい、いいんじゃないかしら? 事故ってことで」
「キュ、キュルケ!」
 いつも以上の色気でキュルケは俺に迫ってくる。
 やば過ぎるんじゃないか、これは。
 俺は悪いと思いつつ、超最小限で魔法を放った。
「エアーハンマー」
 衝撃波でキュルケの鳩尾に衝撃を与える。
 超最小限で制御したからせいぜい、鳩尾を殴られたのと同じくらいだ。
 キュルケはその衝撃に膝を突いてその場に倒れこむ。
 こんな手荒なマネを、こんな下らない事態で使うとは……。
 安易に貰った香水を使わなければ良かったよ。
 倒れたキュルケをレビテーションで浮かべると、彼女の部屋に連れて行く。
 キュルケの部屋が隣じゃなかったら、大変だった。  
 部屋の中に入って、彼女をベッドに寝かせると俺は部屋を出た。
「ここにいるとマズイな……」
 一先ず、俺は自分の部屋に戻ることにした。
 戻る最中、すれ違う女の子達の反応が、さっきより酷くなってきていた。
 上気して、俺に飛び掛ってきそうな雰囲気を漂わせているのである。
 さすがにこの状態は危険を感じ、俺はフライを使って急いで部屋へ向かった。
 どういう効果かは知らないが、時間が経つにつれて効果が増しているらしい。
 空気との化学反応か?
 酸素、窒素、それ以外にもあるが、それらが薬に作用しているんじゃ。
 部屋に戻ると、ドアを開けた。
 ノルンの方はもう落ち着いているだろう。
「ただいま」
「おかえ……、マスター近づかないで」
 そういうとさっき以上に赤い顔で俺を見てきた。
「やっぱりか? なあ、これで歩き回りたくないんだ」
「うん。マズイよ、それは」
 最悪じゃないか。
 この分だと寮にいるのさえ危険に感じる。
「部屋でじっとしようと思って帰って来たんだが……。俺が居るとノルンどうなる? 我慢出来ないか?」
「マスター。使い魔とは言え、わたし女の子よ? それを言わせようとするの? 神経を疑うわ。察してよ」
 確かに、無神経すぎたかも知れない。
 見た目ですでに上気してるのが分かるのだ。
 我慢なんて出来ないよな。
「すまん、わかった」
 俺はそういうと自分の部屋にさえいられず、外に出ることにした。
 外に出ると、陽は徐々に傾きつつある。
 そう言えば、今日は昼食を食べてないな。通りで体力の消耗が激しいわけだ。
 モンモランシーが来たのが午前だった。
 その後すぐに、ルイズの部屋に行って……後は思い出したくない。
 少しだけトラウマになりそうだ。
「どうするかな……」
「あ、アレス様」
 その声に振り返ると、そこにはシエスタがいた。
「こんなところでどうしたんですか?」
「あ、ごめんよ。それ以上は近づかないでくれないかな?」
「え?」
 俺が近づくなと言うと、やや青い顔をする。
 まあ、そうだろう。
 俺やルイズは比較的と言うか、かなり給士の子達や厨房の人たちと親しくしている。
 そんな俺が近づくなと言えば、何かしたのかと勘違いしてもおかしくない。
「あ、ちなみ僕に問題があってシエスタが何かしたかとかじゃないから」
「そうなんですか? びっくりしちゃいましたよ」
「ごめん。今、ちょっと実験であるものを使っているんだけど、近くに人がいると危険なんだ」
「そ、そうなんですか?」
 危険と言うと、さすがに怖いのか近づくのをやめる。
 具体的には俺が危険な目に遭うのだが。
「サイト君は?」
「たぶん、そろそろルイズ様の部屋に戻られたと思いますが」
「そうか……」
 しまったな。
 先にサイトに会うべきだった。
 今部屋に行くと、ちょっと宜しくない空気が漂っているからな。
「じゃあ、僕はちょっとその辺歩いてるから」
「あ、はい」
 シエスタはそう言うと、そのまま建物の中に戻っていく。
 さて、どうしたものか……。
 その後、俺は夜を外で明かすことになる。
 結局、香水の効果は丸一日。
 その間、女の子が寄って来ないようにシールドを張る羽目になり、尚且つ授業も一日サボることになってしまった。
 モンモランシーには、俺が厳重注意をした。
 もう二度と面白がっていろいろと調合しないこと、と釘を指したのだ。
 もちろん、躊躇ったが、俺の残りの香水をギーシュにあげてもいいんだけど? しかも使いどころも説明してというと、とても素直に従ってくれるのだった。