死の先に待っていた新たな世界
第22話


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 凱旋帰国には相応しい晴天の下、アンリエッタ連隊の部隊が戦艦に乗り込んでいく。
 裏切り者による作戦の失敗やキャンプ襲撃時の被害。
 戦闘の負傷者が数百に上ったが、幸いにも死者は出なかった。
 この事実に俺はわずかに胸を撫で下ろしていた。
「アレス君?」
 後ろからウェールズに声を掛けられて振り返る。
「ごめん。無事、役目を終えられたことに安堵してて」
「そうか。いや、その気持ちは分かるな」
「ウェールズ。僕たちもそろそろ行かないとならないみたいだ」
 俺たちはウェールズに最後の挨拶をするために戦艦に乗り込むのは最後だった。
 しかしもうほとんどの部隊の乗船が終わろうとしている。
「ウェールズ様……。情勢が落ち着いたらまたお会いしましょう」
 アンリエッタが熱い視線をウェールズに向けた。
「ああ。二人とも本当に世話になったよ。
 特にアレス君。君には感謝してもし足りない」
「君の決断力があればこそさ。僕はきっかけを作っただけだから」
 あくまで提案をしただけだ。
 実行したのは、ウェールズ。そしてアンリエッタだ。
 俺は二人に大きな決断を負わせたことになる。
「マスター。ちょっと謙遜しすぎ」
 ノルンはそんな俺に呆れるように言った。
「全くよ。アレスがいなかったらこの戦いだってどうなってたか分からないわ」
「そうだね。奇抜なアイディアに助けられたよ」
「評価してくれるのは嬉しいことだね。それは素直に受け止めておくよ」
 俺が言うと、全員が満足したように頷いた。
 戦争に勝つ。
 その一転で言えば今回の戦果は大きいだろう。
 異世界で使い古された戦法等を使ったからだが。
「今回の件で、レコンキスタも少しは大人しくなると思う」
「そうだね。でも、少なくてもアルビオン、トリスティンの両国に入り込んでいるのは確かだから油断は出来ないよ?」
「分かっている。アンもいいね?」
「はい、ウェールズ様。すでに手は打ってますわ」
 アンリエッタは俺の方を見てそういう。
 ウェールズもその意味が分かるのか、頷くとこういった。
「君の国には優秀な臣下がいて羨ましい」
「わたしにとっては兄のような人です」
「ほう。なるほど、確かにそう言えなくもない」
 アンリエッタとウェールズが俺を見ながらそう言う。
 勘弁してほしい。
 俺は優秀でも何でもない。
 中身は五十近い中年だから多少は知識があるだけだと言うのに。
 アンリエッタはその事を一応知っているはずなんだが……。
 ちなみ兄という部分には多少は俺も同感な部分はある。
「ウェールズ、元気で。たぶんそう遠くないうちに会うことにはなると思うけど」
「その時は、良い意味で会いたいものだね」
 俺とウェールズはそういうと互いに苦笑した。
 そう遠くない。
 再び戦乱の世が来るだろうと言う予感を互いに感じていたのだ。
 アルビオンが徐々に小さくなっていく。
 二度目のアルビオンは、わずかな間に多くのことがあった。
 ハルケギニアに混乱を招く種がすでに撒かれていることも分かった。
 多くの人間の思惑が絡み合う、このアルビオン。
 そんな事を考えながら、甲板から心地の良い風を受けてアルビオンを眺めていた。
 手すりを掴む手を誰かが優しく握ってくる。。
 振り返るとそこにはルイズがいた。
 寂しそうな、それでいてどこかほっとしたような表情だ。
「やっとトリスティンに戻れるわね」
「そうだね」
 数日後には再び学院に戻れるわけだ。
 血なまぐさい戦場から、また学園。
 少し、現実感がない気もする。
「ねえ、何を考えていたの?」
 俺を見上げるルイズが尋ねる。
 アルビオンを眺めているときのことだろう。
「いろいろとだよ。アルビオンの事、レコンキスタの事、ハルケギニアに訪れるだろう混乱の事。ホントいろいろ」
 考えたらキリが無い。
 俺が抱えるべきことじゃないんだが、こうも関わってしまうと無視するには問題が大きすぎた。
 非魔法研究開発機関の長、アンリエッタ直属の文官付参謀を引き受けてしまっている。
 状況がすでに無視させない方向に向かっているようにも思えた。
「無理はしないで」
 ルイズがそっと俺を包むように両手を俺の体に回す。
 暖かいルイズの体温が、風に当たって少し冷えていた体を温めてくれる。
「無理はしないよ。何せ、ルイズの事が一番だからね」
 ルイズが俺をはっとした顔で見ると、恥ずかしそうに顔を俺の体に押しつけた。
 俺はルイズの頭をそっと撫でながら思う。
 ルイズの事が一番。
 虚無のことも、俺とのことも、とても大切だ。
 特に、今後俺と一緒に生きていく上で俺の責任が大きくなりつつある。
 ルイズの父親、ヴァリエール公爵がとても立派な人間だ。それだけに彼女もついてこれるとは思う。
 責任と言う重荷を背負って、果たしてルイズを幸せにしてやれるのだろうか?
 前世でもここまで重い責任は無かった。
 それがここではどうだろうか?
 重すぎはしないか?
 正直、見えない不安が何度となく襲ってくる。
 気持ちが伝わったのか、俺の不安を打ち消すようにルイズが言う。
「わたしは、あなたじゃないと駄目だから……。
 だから、わたしで支えられることがあるなら言ってほしいの。
 隠し事なんてしないで。まして一人だけ犠牲になろうとしないで」
 なんて健気な。
 何度、俺には勿体無いと思ったか分からない。
 ここまで思ってくれる人がいる。
 打ち明けてしまおうか?
 だけど、そうすると今度こそルイズが引くことが出来なくなる。
 昔から優しい子だったから。
 そんなルイズに今の俺の事を打ち明けたら、絶対について来てしまうだろう。
「ありがとう。ルイズ。
 君の気持ちは本当に嬉しいよ。だから、ちゃんと言える時が来たら聞いてくれるかい?」
 だから、俺はそう言った。
 まだ引き返せる。
 ルイズが俺じゃなきゃ駄目だと言うが、もし俺の代わりが現れたら……。
 卒業までに現れなければ、俺はルイズと共に居よう。
 俺とてルイズを手放したくは無いからな。
 矛盾する二つの思いは、卒業までに決着をつけるさ。
「ちゃんと言える時が来たら、言ってね?
 絶対よ? 一人で全部抱えないでね?」
「わかってるさ」
 そう言って、俺はルイズを強く抱きしめた。
 
 ルイズと抱き合っていると、肩から咳払いが聞こえてきた。
「あたし、忘れられているような気がするんだけど?」
 その声に、俺とルイズは慌てて離れる。
 別に離れる必要はないんだが、こう第三者に言われると気恥ずかしい。
「ノ、ノルンのこと忘れてたわけじゃないよ?」
「ふーん。会話に全然参加できなかったわ」
 無視されたのが余程、腹に据えたのか珍しく頬を膨らませて俺に抗議をする。
 その視線が少し痛く、俺は目線を外した。
「マスター」
「う、ごめん」
「もう……。でも、ルイズのあの真剣な態度じゃ忘れられちゃうわよね?」
 今度はルイズの方に向いた。
 ルイズが少し引きつりながら言う。
「わ、わたしもノルンを忘れてたわけじゃないの」
「その割には、一度も話しかけられなかったわ?」
「え、えーと。ア、アレスー」
 ルイズは困った顔をしながら俺に助けを求めてきた。
「え? 僕に振るの?」
 そうだよ。俺に振ってどうすんのさ?
 そう思ったとき、ノルンの小さい笑いが聞こえてきた。
「ふふふ。冗談。二人があれだけ真剣じゃ、あたしだって口を挟めないわ。
 ルイズの愛の篭った手でマスターの手を包んで、あんな熱い目をマスターに向けたんじゃ、ね?」
「も、もうー ノルンったら!」
 ルイズが顔を赤くしながら抗議するが、ノルンの笑いを誘うことしかなかった。
 そんなルイズが可愛らしくて、大切にしたいと再度思うのだった。
 トリスティンに戻った。
 しかし、俺だけはすぐに学院に戻ること出来なかったのだ。
 俺には仕事があるためだ。
 ルイズには、アンリエッタ、父さん、ヴァリエール公爵とマザリーニ枢機卿を交えた会議に参加するためにすぐには戻れないと伝えてある。
 ルイズも残ると言っていたが、ヴァリエール公爵が気を遣ってくれて、ルイズを説得してくれた。
 会議では戦果の報告や今後の対策、国内のレコン・キスタのあぶり出しなどいろいろと話すことがあったのだ。
 当然、その会議の場で俺が非魔法研究開発機関を立ち上げるための長になることも話された。
 アンリエッタ直属の話に関してはノータッチ。
 これはあくまで俺とアンリエッタしか知りえないことになる。
 まあ、ノルンには話したが。
 会議が終わると、今度は非魔法研究開発機関の概要の話になる。
 一応、俺が実家でやらせている製鉄技術の国内普及が第一に挙がった。
 そのためのマニュアル作り等も行う。
 あとは、俺の知識で手工業から機械工業への転換の構想も概要のみだが、話をした。
 今出来るのはこの二点くらいだろう。
 数年のうちにゼロ戦から得たアイディア、兵器としての飛行機も作りたいところだ。
 簡単な概要が話し終わると、研究機関の場所や必要予算、人員の話などにもなった。
 これらの話になると、一日じゃ終わらない。
 そのため、俺が学園に戻るのにはさらに一週間の時間が掛かることになった。
 帰った時、早速ルイズに怒られたのは……言うまでもない。
 
 非魔法研究開発機関の会議、四日目の夜。
 さすがに俺も疲れを感じ、その夜は用意された部屋のバルコニーから久しぶりに月を眺めながらワインを飲んでいた。
 タルブ産のワインで、甘口である。
 甘口が好きな俺にはとても飲みやすいのだ。
「マスターってワインも飲むのね」
「まあな。昔は良く飲んでたからな。安物だったけど」
 こうして何の気兼ねなく話せるのは、ある意味ノルンの特権だろうな。
「ルイズ、きっと怒ってるわよ?」
「言わないでくれないか? 俺も分かってるんだ」
 ルイズは可愛いし、優しい。
 俺に依存してはいるが、その問題が無くなればとても強い存在だ。
 現に、俺は何度ルイズを怒らせて殴られたことか……。
「尻に敷かれるタイプね」
「おいおい。変なこと言うなよ」
「たぶん、本当のことよ? マスターも優しいしね。何だかんだ言ってもルイズ一筋っぽいし」
「それは、な。大切な存在だし。俺が育てたようなものだからな。
 どちらかと言うと父親って感じなんだが、この前みたいな感じになると愛おしく思うよ」
 ノルンは俺の肩から離れると、俺の顔の前に来る。
 月明かりで妙にノルンが光っているように見えた。
 ノルンは人差し指を立てて言う。
「ねえ、女垂らしって言葉知ってる?」
「はあ? 何だよ、急に」
 知らないわけはない。
 女垂らし、まあ言ってみればプレイボーイのようなものだ。
「アンリエッタ王女もマスターを見てるわよ」
「それはないだろう」
 まあ、好意は持たれているのは知っているが、まさか。
「これは女の感ね。アンリエッタはウェールズ王子が好きなのはマスターからの聞いて知ってるけど、マスターも満更じゃないわ」
「おいおい」
 そうだとしても困る。
 俺には、ルイズがいるんだ。
 それにアンリエッタはウェールズが好きなんだ。
 アンリエッタがウェールズを裏切るわけが無い。
「それに」
 ノルンはそう言いながらバルコニーの手すりに立つ。
 飛ぶのに疲れたのだろう。
「それに?」
「アンリエッタ王女とウェールズ王子は簡単には結婚できないはずよ」
「ま、そりゃね」
 王子と王女だ。
 結婚となれば、国はどうなるのだ?
 まさか二人の恋愛事情で合併と言うわけにも行かないだろうし。
「だからよ。現実的に手を出しても問題ないマスターが候補にあがると思わない?」
 アンリエッタは裏切らないと想うんだけどな。
「まさか、そんな事は……」
 その時、部屋のカーテンがゆれた。
 振り向くと、そこにはいるのはアンリエッタ。
「面白い推理ね」 
 ゆっくりとこちらの方に歩いてくる。
 丁度、月が隠れたために姿が良く見えない。
「アンリエッタ……。鍵は掛けてあったはずだよ?」
「アレス、口調変えないで良いから。
 鍵はアンロックで開けたわ」
 おい、王女様がそんなはしたない真似していいのか?
「ふう、王女様がどうしてそんなことしてまで俺のところに?」
「ノルンの言ったことが近いわね」
 再び月が現れると、何ということか、アンリエッタはよりにもよってをネグリジェ姿だ。
「ア、アンリエッタ?」
 さすがの俺も声が裏返る。
 ルイズならまだしも、アンリエッタがこんな姿で俺のところに来るなんて。
「アレス」
 そういうと、アンリエッタは俺に抱き付いてきた。
 それを受け止めると、俺は気が付く。
 アンリエッタは震えていたのだ。
「アンリエッタ? 泣いてるのか?」
「ア、レス。少しだけ、少しだけこうさせて」
 そう言うとアンリエッタは俺に抱きつきながら声を殺して泣き始めた。
 どういう事なのか?
 俺は混乱しながら、ノルンに耳元で言われたのだ。
「ほら、女垂らしじゃない」
 返す言葉が今回ばかりは無かった。
 アンリエッタが泣き止むと、俺はどうしたのか聞いてみた。
 すると、一つの封筒を俺に見せてくれた。
 宛名はアンリエッタ。宛先はウェールズだった。
 極秘事項である旨が書かれていて、封も王家のものしか開けられないようになっていた。
 すでに開封されている封筒から手紙を抜き取る。
 枚数は三枚。
 一枚は、この間の協力に関しての礼である。
 これは政治的なことだから問題は無い。これで泣く要素はないのだ。
 問題は二枚目と三枚目。
 二枚目に書かれていた内容を読んで、俺は正直頭が痛い思いをした。
「アレス……。わたしこれからどうしたらいいの?
 ウェールズ様は僕を忘れろとおっしゃるわ。でも、わたしは忘れられない」
「気持ちは分かる」
 だからと言ってどうしろと言うのだ?
 手紙の内容を簡単に言うと。今回のことで互いを想うことの大切さを知ったと言う事、ただ自分達みたいに身分があると身勝手になりがちだということ、何より自分達の想いで民を危険に晒せない。だからお互いの想いは忘れようと書かれていた。
 最後に、君からの手紙は返すと。
 三枚目がどうやらその手紙らしい。
「ウェールズはあくまでウェールズ王子の立場を貫くと言うのか……」
 それにしても、妙な話だ。
 何故レコン・キスタとの停戦が決まったこのタイミングで?
 アルビオンにいる間は、ウェールズがこういう行動に出るようには思えなかった。
 それだけに、妙な気がする。
「アンリエッタ、この筆跡ってウェールズの物で間違いないか?」
「? ええ。そのはずだわ」
「そうか……」
 ウェールズとの会話の中ではアンリエッタを想う気持ちも確認している。
 そこから考えるとウェールズは何か考えがあっての事だろう。
 とは言え。
「マスター?」
 俺の態度が二人ともおかしいと顔を見合わせる。
「アンリエッタ、ちょっと恥ずかしいことを聞くぞ?」
「え? な、なに?」
「ウェールズと寝たよな?」
「な!」
 真っ赤な取れたてりんごと例えるのが正しいくらい、アンリエッタが真っ赤になった。
 ノルンもさすがに、この話は顔を赤くしている。
「な、なにを言うの!」
 大声を出すと周りに気が付かれるためか、小声でなおかつ語を強めて言う。
 軽く手で制しながらわけをいう。
「ウェールズにカマを掛けて聞いたんだ。
 ま、それはいいんだよ。
 その時の照れた様子からはこういう話になりえないような気がするんだ」
 そうだ。
 お互い苦労すると言い合ったくらいだ。
 ウェールズはアンリエッタが好きだ。むしろ愛している。
 それが、いきなりこういう行動に出るのには何かあるんじゃないか?
「じゃあ、アレス。これはどう説明するの?」
「……。政治的な何かがあるのかも知れない。
 手紙では伝えられない何か、その可能性があるね。
 断言は出来ないけど、こうしなければならない事情があるんじゃないか?」
 とは言え、ノルンの指摘もある。
 二人は結婚なんて出来ない。
 同盟国ではあるが、一国の王族が自分達の事情で国を統合なんてそうそう出来ないものだ。
 一概にそうとも言い切れないが、本人に真相を聞かなければならないのも確かだろう。
「ウェールズに聞くまで、この事は忘れた方がいいな」
「そうなの?」
「ああ。俺の感が外れていなければ、まだアンリエッタのことをウェールズは愛しているはずだ。
 この手紙はたぶんフェイクだよ」
「フェイク?」
「敵を騙すなら、まず味方からってこと」
 もしくは何かの保険と言うことも考えられる。
「まあ、それは気にすることじゃないから」
「安心していいのね?」
「ああ。俺が言うのも変だけどな」
「アレスに言われると安心するわ。お兄さん」
 最後に意味ありげなことをいうと、礼を言ってアンリエッタは去っていった。
「しかし……、焦ったな」
「満更じゃないのはホントみたいね」
 そんなツッコミをノルンから受ける。
 悩みが増えるな。
 まだこっちでは十九だと言うのに、白髪が出来そうだ。
 それはともかく、まだアルビオンでの火種は消えていないような気がした。
 そして、その予感が案外早い段階で起きてしまうことになるのだった。 
 会議が完全に終わった。
 いよいよ、俺も学院に戻る。
 単位に関しては心配はしてない。
 オールド・オスマン氏が手を打ってくれているからだ。
 送迎の馬車に揺られながら、俺は久しぶりになる学院付近の森を眺めていた。
「マスターは久しぶりね」
「ノルンは数日しかいなかったからな。あまり覚えてないんじゃないか?」
 二年になってすぐに出兵だった。
 だから、ノルンはあの学院に戻ると言うのは実感がわかないと思う。
「そうね。でも、マスターの部屋は覚えてるから」
「そうか」
 会話をしながら森を抜ける。
 まぶしい光で一瞬何も見えなくなるが、次の瞬間、聳え立つ学院が目に入って来た。
 トリスティン魔法学院。
 ようやく俺は、帰って来れたのだ。