死の先に待っていた新たな世界
第19話


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 炎の海の中、金属と金属がぶつかり合い、摩れ、弾く。
 サイトと黒い仮面の男が何合も打ち合いをしていた。
 サイトの左手のルーンがかつて無いほど光、輝きを放っている。
 ルーンの力が最大限に引き出されているのだろう。その動きは俺も目で追うのがやっとである。
 黒い仮面の男が放つ魔法も、当たることがない。
「アレス! 大丈夫!」
「マスター!」
 黒い仮面の男がサイトに意識が向いているうちにルイズとノルンが俺の側に来た。
 ルイズは俺の傷を見ると、苦しげな表情を浮かべた。
 ノルンも俺の肩で心配そうに俺の顔を見ている。
 正直、このままだったら二度目の死を迎えられそうだ。
「アレス、これを」
 そう言って取り出したポーションを俺の口元に寄せる。
 口元に寄せられたポーションを飲もうにも、力が入らない。
 今となってはしゃべることすらままならないくらいだ。
「アレス……」
 飲むことも出来ない俺に、ルイズはそのポーションを自分の口の中に入れると、そのまま俺の口へと運ぶ。
 唇が重ねられると、俺の口が開けられて口移しでポーションが流し込まれていく。
 その瞬間、俺は頭に星が浮かぶと言ったらいいのだろうか。とにかく形容する言葉がないくらいの衝撃を受ける。
 例えが出来ないが、文字通り俺は飛び上がった。
「なんだ! これは!」
 体も滅茶苦茶熱い。だが、体の傷口は見る見るうちにふさがっていく。
 体の中を無理やり回復させるような強制回復と言うのだろうか?
「マ、マスター! 大丈夫なの!」
 急速に回復する俺を見て、驚きながらノルンが尋ねて来た。
「あ、ああ。ルイズ、これは一体……」
「まだ開発中の秘薬、命のポーションよ。人で試すのはアレスが初めてだったけど……大丈夫みたい。
 人の自然治癒力そのものを限界まで高めて、その限界まで高められた治癒力を保持するために体力を維持させる。そういうポーションなの」
 人で試すのは初めてと言うのがとてつもなく怖いが、ともかく筋は通った凄いポーションだ。
 自然治癒力を限界まで高めて、それに体が付いていくようにする。
 発想もだが、実現してしまうルイズの才能に驚かされるばかりだ。
「これなら、大丈夫だ」
 俺はそういうと、サイトの方を見る。
 ルイズかノルンが何とかするのを分かってたのか、もしくはそう出来る環境にするためかずっと敵をひきつけていてくれた。
 サイトが俺を見つけると、安心したように笑う。
 それと正反対に、黒い仮面の男が舌打ちするのが微かに聞こえた。
 そのわずかな動揺の隙を、サイトが鋭く中段の突きを繰り出す。
 黒い仮面の男は動揺していたため、堪らず後ろに下がった。
「……」
「アレスにルイズ。二人とも俺の大切な友人だ。それを傷つけるのは許せねぇ」
「平民がほざくな……。だが、その力は厄介だな。
 神の左手ガンダールヴ。だとすれば、その娘は虚無の担い手」
 黒い仮面の男が、ルイズを見て言う。
 仮面の奥から見える瞳が、危険を感じさせるものだった。
「惜しいが、今日は引くとしよう。だが、次は命が無いと思え」
「行かせるか!」
 サイトが地を蹴った。
 一瞬にして黒い仮面の男との間を詰める。
 驚くべきことに、黒い仮面の男は避けるそぶりすら見せない。
 剣が黒い仮面の男の胸を貫いた。
 だが、次の瞬間、黒い仮面の男は霧となって消えたのだ。
「な、なんだ?」
「偏在だよ。サイト君。平たく言えば、コピーだ」
 驚くサイトに、俺は簡単に偏在のことを教えてやる。
 しかし……。俺が本体だと思っていた奴すら偏在だった。
 なら、本当の本体はどこにいたというのだろう。
 俺はサイトの下に歩み寄る。
「アレス、傷は大丈夫なんだな?」
「ルイズのおかげでね」
 そういうとルイズが嬉しそうに頷く。
「なんか、わたしってあまり役に立ってないよ」
「ノルンだって、結界を張ってくれたじゃないか」
 活躍の場が少ないノルンが少しむくれるが、あの結界が無ければ魔法の余波を受けていたところだ。
 俺はノルンの頭を撫でながらそう言ってやると、少しだけ機嫌を戻してくれる。
「アレス君」
 後ろからワルド子爵が歩いてきた。
 ポーションを使っているとは言え、ワルド子爵もあまり無茶は出来ない体だ。
 俺の場合は、完全回復の秘薬らしく問題無いが。
「子爵、大丈夫ですか?」
「ルイズのおかげだよ。僕も、もう少し遅かったら危なかった。
 それより、この炎を何とかしないとな」
 そう言ってワルド子爵が燃え盛る炎を見て言う。
 戦っていたから忘れていたが、第三大隊がいたキャンプは炎を上げて燃えているのだ。
 ワルド子爵は風の魔法の詠唱を唱えると、どうやら酸素の量を操って炎を収める。
 酸素が無ければ炎は燃えない。
「さすが、子爵殿。風の魔法で酸素を操って炎を消すとは」
「メイジはただ強力な魔法を使えればいいと言うものじゃない。それはアレス君も知っているだろう?」
「ええ」
 常に魔法をどう有効的に使えばいいのか?
 どうすれば一番効果的か?
 そういうのを考えなければならない。
「さて、僕は仲間の治療に当たるとするよ。アレス君、君はこの事をアンリエッタ王女に」
 そういうとワルド子爵は、傷つき倒れている仲間の下へといくのだった。
「サイト君」
「ん? なんだ?」
 サイトはすでに剣を納めていた。
 今はルイズが、怪我が無いか調べているようだ。
 両手を挙げて、その周りをルイズが目視で怪我を確認しているらしい。
「良く、ここが分かったね?」
「ああ、それは急に右目がおかしくなって、アレスが刺されるシーンが見えてさ。
 二人を探しにテントから出たら、こっちが燃えてるし何かあるって思って」
「なるほど。主の危機が見えたってわけだね」
 ガンダールヴの力なら、そういうこともあるのかもしれない。
 もしかしたら使い魔全体がそういう能力を持っているのかもしれないが、本当に助かった。
「さて、僕たちは戻ろう。ここは他の人たちに任せるとして」
 そう言って、俺たちはその場を去ることにした。
 俺たちのキャンプに戻ると、ルイズとサイトを置いて俺は司令部に報告へと砦の中へと入った。
 司令部に行く途中、俺は考えていた。
 今日の黒い仮面の男、五年前と同じ奴だったのは確かだった。
 そして、五人以上の偏在を作り出せるスクウェアクラスのメイジ。
 虚無の担い手の存在と、ガンダールヴを知る人間だ。
 そしてたった一人のレコン・キスタに侵攻を阻止させられた。これは大きい。
 油断していたとは言え、あっさりと襲撃されて侵攻阻止。
 まるでこっちの行動が筒抜けのようだ。
 あの本体だってどこにいたのかさえ、結局分からないのだ。
「マスター? どうしたの? 何かずっと黙ってるけど」
 肩から俺の顔をノルンが覗いて尋ねてくる。
「あ、ああ。さっきの仮面の男のことが気になってな……。
 五人の偏在を作り出して、なおかつ本体はどこにいるか悟らせなかった。
 もしかしたら最初から偏在だけなのかも知れないだけどさ」
「敵メイジとしてはかなり脅威ってことは確かね。それで悩んでたの?」
「それだけじゃない。虚無の存在とガンダールヴの存在を知っていた。あのルーンはそうそう知っているものじゃないんだ。
 そして、ルイズに向けたあいつの目。
 あれは物欲しそうな、いやな目だったんだ。
 変な意味じゃなくて、ルイズの力を欲していたと言った方がいいかな?」
「虚無の力ってこと?」
「そう。レコン・キスタの目的は聖地奪還。そうなれば虚無の力は絶対に必要になる」
「聖地にいるのがエルフ。そして、その先住の魔法に対抗できるのは虚無だから、ね?」
「その通り」
 だからだ。
 だから、あの男の存在が怖い。
 せめて仮面に隠れた顔さえ分かれば警戒のしようもあるんだが、それも適わない。
「考えすぎはマスターの悪いくせね」
 再び思考の輪に捕らわれそうなところを、呆れた声のノルンに引き戻される。
「ははは、確かに。どうも、こういうことは考えすぎてダメだ。昔からの癖だな」
「昔って、前世のこと?」
「そう。あの頃から考えすぎで、良く上から注意を受けたもんだよ。
 お前は考えすぎだと。もう少し大胆なくらいでいいんだってさ。
 馬鹿は死ななきゃ直らないって言うけど、こういう悪い癖は本質だけに克服しない限りは繰り返しそうだ」
「まあ、徐々に直せればいいんじゃない?」
「それもそうだな」
 そう話していると、司令部の前に着く。
 俺は軽くノックをすると、ドアを開けた。
「失礼します」
「あ、ああ。アレスか。丁度よかった」
 そういうと椅子に座っていたウェールズ皇太子が立ち上がる。
 俺は部屋の戸を閉めると、そのまま部屋の中央へと歩いていった。
「アンリエッタは?」
「彼女なら今、治療のために出ているよ。君が来たのはさっきの襲撃のことかい?」
「そうだね。彼女へ伝えに来たんだけど……、ウェールズにも聞いてもらう予定だったから代わりに伝えてもらえるかな?」
「ああ、構わないよ。それで、さっきの襲撃はやはり?」
「レコン・キスタで間違いないよ。ただし、たった一人のメイジにやられたことになる」
「そうか……」
 俺の言葉にやや予想できることがあったのか、何か考えるようなしぐさをする。
「実は、アンリエッタ連隊第三大隊。彼らの中に裏切り者がいるという話があるんだ。
 このこと自体は僕も承知していることなんだけどね」
 そういいながら、ウェールズは中央のソファを指す。
 お互い腰を下ろして話そうと言うのだ。
 俺は、頷いてソファーに腰を下ろす。
「第三大隊はメイジだけで構成されているからね。裏切り者が出てもおかしくないよ。
 それに泳がせておくと言う方針だったわけだし」
 泳がせた結果が、これじゃとても痛い結果としか言えない。
 尻尾を掴むならともかくこれじゃ、単なる馬鹿だ。
「その裏切り者が手引きをしたと考えていいのかな?」
「それは分からないね。ところで、ウェールズ。その話の出所は?」
「第三大隊のワルド子爵だよ。君も知っているね?」
「知ってるも何も、さっき襲撃の被害にあっていたよ」
 ワルド子爵が、その裏切り者を見つけて始末しようとしてやられたのかも知れない。
 彼はそういう曲がったことが嫌いだからな。
 しかし、それにしても止めを刺さなかったのはなぜだ?
「どうした?」
「いやね、ワルド子爵は襲撃で怪我を負っていたんだ。もし、ワルド子爵がこの襲撃の黒幕を知っていたら殺されていたはずだと思ってね。もしかしたらワルド子爵も誰かからの又聞きと言うのも考えられるけど」
「それはない。彼が自分の口から、裏切り者がいると思われると報告していたんだ。そして、少し泳がせて尻尾を掴んだら捕まえると言っていた」
 そうなると、泳がせていたが尻尾を掴む前にことが起きたと言うことになるのか?
 だとしたら子爵らしくない。
 彼がそんな失敗をするわけがないのだが……。
「わたしはそのワルド子爵って人がどんな人か見ただけだから分からないけど、その人も裏切り者ってことはないの?」
 肩に乗っていたノルンが、あごに人差し指を当てながら言う。
 確かにノルンが言いたい事はわかった。
 ワルド子爵が動き回っているのに、尻尾を掴んで捕まえるどころか怪我をしている。
 彼がそんなへまをするようには思えないのだろう。
 なら、泳がせると言いつつ動きやすい環境をわざわざ作ったことになる。
 だが、それで怪我したと言うとまたおかしな話だ。
 一歩間違えれば、自分が死ぬことになるはずなのだから。
「ノルン、それは無いと思うよ。彼はトリスティンのために命を懸けてるんだ。
 そんな人が裏切りだ何て思えないよ」
 俺はそう言って否定した。
 彼は国のために忠誠を誓って魔法衛士隊の隊長まで上り詰めた人だ。
 忠誠心のない人間がそこまでいける訳が無い。
「いや、待て。その考えは危険だ、アレス君」
「どうしてだい?」
「国のために命を懸けていた。そう思っていた臣下さえ今はレコン・キスタに寝返ったものがいるんだ。何がきっかけで裏切るか分からないぞ」
 その発言に俺は、はっとさせられた。
 確かにここアルビオンでは信用していた臣下がレコン・キスタに寝返ったと言うのを聞いた。
 現に戦力がひっくり返っている今では尚更だ。
 アルビオンに忠誠を誓っていたはずの貴族が皆、レコン・キスタに寝返っているのだから。
「だからと言って、疑っても仕方ない。多少の警戒をしながら様子を見たらどうだい?」
「確かに、それがいいのかも知れないね」
 ワルド子爵が裏切り者だと言う確証はないんだ。
 全面的に信用するのはまずいかも知れないが、全く信用しないのはまた極端だ。
 俺はワルド子爵を信じたいしな。
「あ、それで肝心なことを言い忘れるところだったよ」
「ん? 何かな?」
「レコン・キスタは虚無についての知識があるってことだよ。ウェールズ、君だけには言うけどルイズ、僕の婚約者は虚無の担い手なんだ」
「な! それは本当なのか!」
「本当だよ。虚無の力は強大で危険だから、目覚めないようにしてるけど」
「何か、勿体無い話だね」
「それは、置いておいて。レコン・キスタの目指すものは聖地奪還。
 聖地を奪還するにはエルフと戦う必要があるから、虚無の力は欲しいところなんだ。
 そして、向こうにルイズの存在が知られてしまったんだ。さっきの襲撃で」
「君のルイズが狙われると言うのかい?」
「それも多少はあるんだけど。僕としては、レコン・キスタの中に虚無に詳しい人間がいると言う事の方が重要なんだよ」
 虚無に詳しいとなればその力の制御も知っている可能性がある。
 また、本来なら虚無の担い手でしか知りえない情報を掴んでいる場合も。
「彼らの手に虚無が渡ったら何をするか分からない。そういうことかい?」
「まあ、一応ね。とにかく彼らは昔こそ烏合の衆だったかも知れないけど、今は本当に侮れないかも知れない」
「そうだね。ところで、君と入れ違いで伝令をしたんだけど、だいたい一時間後に緊急の会議を開くことになったんだ」
「そうか。分かったよ」
「君ならどういう意見がある? 侵攻は出来なくなった。あとは攻められるのを待つのか、打って出るのか?」
 確かに侵攻が出来ないとなれば、迎え撃つか、玉砕覚悟で突っ込むか、だ。
 後者はナンセンスな判断だ。
 だからと言っても迎え撃つにも向こうがいつ攻め込んでくるか分からない状態で、緊張が続くのもよくは無いんだけど。
 すぐに来るにしても、来ないにしても迎え撃つなら方法が無いわけでもない。
 前世の世界でも、最低最悪にして、戦ではとても有効だった防御方法。
 それは人として、やってはいけないことでもあるんだが。
「一つ方法がないわけでもないよ。もっともウェールズが賛成するかは別だけど」
 そう言って、俺はその方法とやらをウェールズ話すのだった。