死の先に待っていた新たな世界
第15話


-このコンテンツは画面サイズに幅を合わせます-
 竜の羽衣は、タルブの村の寺院に祀られていた。
 纏った者は空を飛ぶといわれる、その羽衣はあまりにあり得ないものだった。
「こ、これが……竜の羽衣?」
 サイトは俺の隣で唖然としている。
 それは俺とて同じだった。
「こんなものじゃ飛ぶはずないですわね」
「ええ。羽ばたくのではなく、これは固定されてます。どう見ても飛べるものじゃないです」
 アンリエッタとルイズはやっぱり噂は噂だとがっかりしていた。
 サイトが一歩前に出る。
 まるで目の前の物に引き付けられるように。
「サイト? どうしたの?」
 ルイズが不思議そうにサイトに尋ねるが、何も言わない。
 いや、聞こえてないのかも知れない。
「マスター?」
 ノルンが俺の様子がおかしいのに気がついたのか声を掛けてくる。
 だが、俺は答えない。いや、答えられないのか。
「ゼロ戦…」
 サイトはそう言って、目の前の飛行機を見て呟く。
「ゼロ戦?」
 ルイズとアンリエッタは顔を見合わせて首を傾げている。
「おい、アレス! これ、ゼロ戦だよな!」
 サイトは興奮したように俺を見た。
 俺は、その言葉に頷く。
「ああ、確かに、これはゼロ戦だ。俺も詳しくは知らんが、零式艦上戦闘機と呼ばれてたと記憶している」
「アレス……」
「ど、どうしたの?」
 ルイズが、また知らない俺を見て暗くなっている。
 アンリエッタは急に俺のしゃべり方が変わったことに驚いていた。
 どうやら俺は、あまりに非常識なことがあると、口調が元に戻るらしい。
「どうして、これがこんなところにあるんだよ!」
「すまん。俺にも分からん。だが、これらの総称はハルケギニアでこう呼ばれている。
 場違いな工芸品と」
「え? これが!」
「場違いな工芸品?」
 アンリエッタもルイズも、場違いな工芸品は知っているらしい。
 だが、自分の目で見るのは確かなのだろう。
「マスター、これもマスターの世界の?」
「ああ。俺とサイトの世界の戦闘機。戦闘に特化した飛行船だ」
「なあ、アレス。場違いな工芸品ってなんだよ?」
 サイトが怪訝な顔で俺を見ていた。
 とりあえず、冷静にならないと。
「少し待て」
 そう言って、俺は一度深呼吸をした。
 この前はわざとあのしゃべりにしたが、今回は無意識だ。
 アレスのしゃべり方に戻さないと、ルイズに心配を掛ける。
 もっとも、こっちも俺なんだがな。
「ちょっと、気が動転してたみたいだね」
 そういってアンリエッタとルイズを見る。
 ルイズは安心したように、アンリエッタは訳が分からないと言う様に俺を見た。
 サイトの方に向き直ると俺はサイトの疑問に答える。
「サイト君、これがここにあるのはおかしいと思わないかい?」
「ああ。これは俺たちの世界のものだ。どうして、ここにあるんだ?」
「僕もどうしてかは知らない。だけど、この世界に本来存在しないものを、この世界では場違いな工芸品というんだ。
 僕も初めて見るんだけどね。これは明らかにハルケギニアにとってはあり得ない代物だよ」
 俺はそう言ってゼロ戦に近づいた。
 そして、ディテクトマジックを使った。
「固定化の魔法が掛かっている。だからか、こんなに完璧な状態で残っているんだね。
 サイト君、これは武器だ。これに触れてみて」
 そう言ってサイトは武器としてのゼロ戦に触れてみる。
 すると、左手のルーンが光った。
「わかる。このゼロ戦のことがわかるぞ」
「どうだい。状態は」
「燃料がないだけだな。それ以外は完璧で、問題ない」
 そう言って、サイトはゼロ戦を触れるのを止めた。
「アレス、これはどういうことなの? これがなんだか知っているみたいだけど」
 アンリエッタが、怪訝な顔で俺を見る。
 明らかに俺の行動が、ゼロ戦を知っていると思う発言や行動だからだ。
「アンリエッタに、話さないとならないかな? 僕の生い立ちを」
「アレス、いいの? 話しちゃって」
「ルイズ?」
 ただならぬ雰囲気に、アンリエッタがルイズに尋ねるように呼ぶ。
 ルイズは自分から言えないと言う様に首を振って、俺を見た。
「アンリエッタ。これから話すことは例え、君が王女であっても他言しないでほしいんだ。
 その約束が守れるなら、僕のことを、そしてこのゼロ戦のことを話す。
 守れないなら……。いつかは分からないけど、僕達が死ぬことになる。
 それくらい重要なことなんだ」
「な!」
 俺の言葉に驚愕するアンリエッタ。
 それもそうだ。昔の友人が、秘密を聞くなら黙っていてくれと、守れなければ俺らが死ぬと言っているんだ。
 驚愕しない方がおかしい。
「誰にも言わなければ、聞いてもいいのね?」
「そうだね。僕の秘密を知っているのはルイズ、ノルン、サイトの三人しかいないんだ。
 信用できる人間以外は話せない」
 そういうとアンリエッタは、一瞬何かを考えるように目を閉じて、開く。
「いいわ。絶対に話さないと誓う。だから、アレスのことを聞かせて貰えないかしら?」
「わかった。それじゃ、話すよ。あ、サイト君、君のことも話すことになるけどいいかな?」
「ああ。そうしないと話が繋がらないだろ?」
 サイトの言葉に俺は頷いた。
 そして、俺はアンリエッタに語る。
 サイトが異世界から召還された人間であること。
 俺が彼と同じ世界の住民だったこと。
 俺が前世の記憶を持って、この世界に生れ落ちたこと。
 アンリエッタは信じられないという表情で、俺の話を聞いていた。
 だが、ゼロ戦の話になり、俺とサイトしか話が通じないところを見て信じざるを得なくなった。
「ほ、本当なのね?」
 アンリエッタは驚きっぱなしで疲れたように言う。
「そういうこと。まあ、さっきのあのしゃべり方も、昔のしゃべり方が、ああだったからたまに戻るんだ」
 ノルンの前じゃ、いつもだが。
「マスター、そう言えばこの飛行機って言うのは飛べるってことだけど、このままにしておくの?」
「そうだよ。アレス、これって武器だし燃料積んでやれば使えるぜ?」
「それなんだけど、これは使わないよ」
「どうしてだよ」
 サイトがやや残念そうに言う。
 これで戦闘と言うのはともかくとして、飛びたいんだろう。
 だが、これはタルブの村の物だ。第一、今からこれを戦場にもっていくには時間が無い。
 そのことを話すと、唸るしかなかった。
「アレス、これを戦争に使わないってことよね?」
 ルイズが、ゼロ戦を見ながら言う。
「そうだね。こんな物、本来使っちゃダメだから。もっとも僕の知識もある意味反則なんだよ」
 この世界からしたら数百年も先の技術。
 分野は違うが、俺自身だってある程度知識はあるんだ。そんなもの使った武器の開発、魔法の研究・開発は反則に近いだろう。
「もっともゼロ戦を見たおかげで、また反則的な考えが浮んだけど」
「何? それは?」
 アンリエッタが尋ねてくる。
 どうも俺と話す時は、アンリエッタはかなり砕ける。ルイズとも一定の形を崩さないのにだ。
 たまにルイズとアンリエッタが混在する。
 それより、ちょっとだけと言っていたには時間が経ちすぎた。
「それより姫殿下、そろそろお戻りにならないと。姫殿下はこれから戦列を整える仕事があります」
 俺わざと形式ぶったしゃべり方をすると、口を膨らませて言う。
「わかっています。アレス隊長殿、そんな意地悪をせずともそろそろ戻ろうと思っていたところですわ」
 アンリエッタが、王女の態度でみんなに戻ることを言う。
 ややふて腐れたアンリエッタを少し微笑ましく思いながら、後を付いて行った。
 さて、アンリエッタに話さなかったが、反則的な考え。
 それはこの世界での戦闘機。戦闘艇だ。
 こちらの世界でも風石を使用して戦艦の造船が出来る。
 戦艦では火力はあっても機動力が無い。
 なら小型の戦闘用の船を作ればいいのだ。大きさは十メートル程度。
 推進力も、風石を使って前進できるようにすればいい。
 戦艦だと大きすぎるから風の力を使うが、戦闘用の船、戦闘船なら戦艦の使用する風石の十分の一から三十分の一程度で済むだろう。残りを推進用の風石にまわしてもまだ余る。
 そこに俺が開発した連式弓を戦闘船用に改良すれば、竜騎士隊だってお役ごめんだ。
 手投げ弾、これはそのまま火薬の量を増やせば爆弾になる。
 船体を黒く塗りつぶせば夜の襲撃も容易になるだろう。ある意味、ステルス爆撃機の出来上がりだ。何せ、風石を使うなら騒音なんかほとんど無いだろうから。
 メイジの立場が弱くはなるが、軍事力は向上するに違いない。
 今回の戦いに間に合わなくとも、この世界も人の世界だ。
 いつだって戦争が起こる。
 少しでも強力な武器、兵器はあって越した事はないのだ。
 
 その日の日没。
 戦艦はアルビオンへと飛び立った。
 戦艦の会議室では、ヴァリエール公爵から今回の作戦の説明がなされている。
 現在のレコン・キスタは、王都ロンディニウムを奪いアルビオン領土の三分の二を向こうが抱えている。
 連合軍は、ニーカッスルまで後退。
 前線は、ニューカッスルから三十キロ先。ロサイスより百キロ南に位置する、レティバーミンの街だ。人口三万。アルビオンでも大きい街である。ここを拠点に北にある砦を守っていた。
 今回の作戦は、そのレティバーミンより四十五キロ北に位置するロサイスへの入口になる街、ドルバータを落とすのが今回の作戦だった。
 そのために、まずはレティバーミンの街の最大の砦、レティバーミン第一要塞を奪還する必要がある。
 レコン・キスタはその第一要塞を拠点に、衛星要塞を落としていた。
 連合軍は、レティバーミンが要する七つの要塞のうち四つまで奪われている。残りは三つ。
 現在は第一要塞の次に重要な、第五要塞へ戦力を集中させることでレコン・キスタからの攻撃を凌いでいた。
 作戦は次の流れになる。
 アンリエッタ連隊は、そこを死守する連合軍第二師団と合流。
 それからは、第一要塞へ全軍突撃する偽情報をレコン・キスタに流す。
 敵の戦力を、第一要塞に集中させて手薄になった砦を再び奪還。
 この時、逆にこちらが手薄になると踏んで攻め入る要塞の部隊がいることも想定して進軍しておく。
 鉢合わせになるが、こっちはそのつもりでいるため混乱はしない。
 むしろ向こうが混乱を起こすため、迎撃はそんなに難しくは無い。
 周辺の要塞を奪還後、すぐにアンリエッタ連隊が囮になって第一要塞を襲撃。
 奪還のための戦いは楽ではないだろうが、余力は十分にあるはずだ。
 そのため、負傷兵は砦に残して、すぐに進軍する。
 間もない状態での襲撃に向こうも混乱が生じるだろう。想定もされているかも知れないが、大半が迎撃に来るはずだ。
 迎撃に来る敵をひきつけておいて、今度は本当に側面から全軍を突撃。
 そのまま要塞への攻撃も行うのが流れである。
 戦力は第一要塞に集中する戦力をだいたい二万五千と推定。
 こちらは戦力差はおおよそ一万五千。だが、偽情報の混乱、周辺の要塞を落とされたこと、そして間を置かない反撃にひっくり返すだけの要素はあると踏んでいた。
 会議が終わる。
 会議室を出るとき、俺はある人物に呼び止められた。
「アレス君」
 振り向くと、そこには髭をたくわえた男だ。
 彼の名は。
「ワルド子爵殿」
 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。ルイズの元、婚約者だ。
「久しぶりだね」
「お久しぶりです」
 彼が右手を差し出し、俺は彼と握手を交わす。
 白い手袋越しからも、その力強さを感じた。
「子爵は確か、グリフォン隊の隊長をなされていたと思いますが、そちらはどうされたのです?
 しかも今は第三大隊の隊長ではありませんか」
 彼は家族に不幸があって若くして領主となっている。
 そしてヴァリエール公爵の勧めで魔法衛士隊のグリフォン隊に入隊。現在は隊長を務めている。
 グリフォン隊は魔法衛士隊の中では最優秀。つまり彼はトリスティン魔法衛士隊最強なのだ。
 また風のスクウェアクラス。偏在の使い手としても名が高い。
 何よりも、その動きはトリスティン随一で閃光の二つ名を持つほどだった。
「ああ。グリフォン隊は副隊長に任せているのでな。僕はトリスティンの為に戦いたいのだ。
 姫殿下に無理行って参加させてもらったのだよ」
「ご立派です。しかしながら、貴方ほど使い手ならば国におられた方が良かったのでは?」
 グリフォン隊は、王都防衛の要でもある。
 侵略されたのなら前衛に出ることもあるだろう。
 攻め入るならば王都に留まっていた方が万が一の場合は戦力を温存出来る。
「いやいや、姫殿下が出陣なされるなればこそ、僕は姫殿下のお役に立つために来るべきだと考えていたのだよ。
 それに僕の率いる第三大隊は、魔法衛士隊ではないものの全員がメイジで構成されている。
 戦場の魔法衛士隊のようなものなのだ。ならば、僕が出るのが一番じゃないか」
 そういうものだろうか。
 俺としては非常に怖い。ワルド子爵は俺が知るメイジの中ではかなり優秀だ。
 トリスティン最強と思ってもいいくらいである。
 詠唱の早さ、各魔法の使いどころ、偏在をも使いこなす。
 たった一人でラインメイジならば百は相手に出来るだろう。 
 万が一があったら貴重な人材をトリスティンは失うのだ。
「子爵殿、無理はしないで下さい。あなたはトリスティンで必要な人材です」
「分かっておるよ。それよりルイズはどうしているのかね?
 衛生兵で、しかも君の専属として参加していると聞いているが?」
「今は、部屋で休んでます」
「そうか。久しぶりにあいさつをしたいのだが、構わないかい?」
 婚約を俺に譲ってからも、彼はルイズを気にし続けていた。
 俺を通じて、ルイズは元気にしているか?
 君はルイズを守ってくれているか?
 たまに会うときも、ルイズにとても優しく。俺は彼からルイズを奪ったことをたまに後ろめたく感じる。
「ええ。ルイズもきっと喜ぶでしょう。案内します」
 だから、俺は彼がルイズと会うことを阻むことなど無かった。
 ルイズが控える部屋を案内する。
「ルイズ、いいかい?」
「アレス? いいわよ」
 ドアを開けて、俺とワルド子爵が部屋に入った。
「ワ、ワルド様!」
 ワルド子爵を見たルイズが、驚いたように立ち上がりすぐにスカートの裾を摘んで挨拶をする。
 隣にいるサイトが何事かと、呆然と見ていた。
「お久しぶりですわ。ワルド様」
「久しぶりだね、ルイズ。ところで、隣にいる少年は誰だい? 平民の少年にも見えるのだが」
「彼は、わたしの使い魔で、サイトと言いますわ」
 そう紹介されると、サイトもとりあえず挨拶をする。
「サイトです。初めまして」
「平民を使い魔かい? 君は昔から変わっていたが、使い魔も変わっているんだね?
 しかし、君が召還した使い魔だ。さぞかし、優秀な使い魔なのだろうな」
「はい。腕のいい剣士で、五人のラインメイジを正面から相手にして勝ってしまうほどですわ」
「なんと! それは凄い。まさに君の使い魔には相応しいな」
 褒められたサイトは、ちょっと恥ずかしそうに鼻の頭をかきながらいう。
「偶然ですよ」
「謙遜することはない。運も実力のうちだ。それが、君の実力なのだよ」
 ワルド子爵はそう言って、サイトの肩に手を乗せる。
 サイトもワルド子爵の言葉に素直に頷くのだった。
「さて、久しぶりにルイズとゆっくり話したいのだが、いいかね? アレス君」
 俺に振り向いて尋ねてきた。
 まあ、久しぶりにあったのだそれくらい、いいだろうと思う。
「私はいいと思いますが、ルイズはどうだい?」
 ルイズを見えると、ルイズも頷いて言った。
「わたしは大丈夫ですわ。ワルド様。カフェにでも行きましょうか?」
「いや、上に上がろう。少し寒いが、星が綺麗に見える」
「ええ、それでは行きましょう。アレス、また明日ね」
「また明日」
 そういうと、ルイズとワルド子爵が部屋から出て行った。
 それを見ていたサイトが、怪訝そうに言う。
「いいのかよ?」
「何がだい?」
「ルイズは、お前の婚約者だろ? 他の男と一緒で何かあったらどうするんだ?」
 サイトの心配はもっともだ。
 自分を褒めてくれた人間でも、初対面だ。まだ信用できるどうかが分からない。
「大丈夫だよ。彼は、元婚約者だし、いつもルイズを心配していたしね。
 それに彼ならルイズを任しても大丈夫なくらい信用における人だよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。ルイズを心配してくれてありがとう」
「俺の大切なご主人様だから、な」
「そうか。さて、僕は部屋に戻るよ」
「ああ。またな」
 サイトに手を上げて答えると、俺は部屋を後にした。
 
 この時は、まだ知らなかった。
 これから始まる大反撃に、爆弾を抱えていたことに。
 この夜は嵐の前の、静かな夜だった。